長岡市医師会たより No.332 2007.11

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もくじ

 表紙絵 「白馬三山」 丸岡稔(丸岡医院)
 「堀祐久先生を偲び」 大森進(長岡保養園)
 「アルビ友の会とサッカー」 森下英夫(長岡赤十字病院)
 「南アフリカにルーツを求めて〜その3」 田村康二(悠遊健康村病院)
 「鷹化して鳩となる」 郡司哲己(長岡中央綜合病院)



「白馬三山」 丸岡 稔(丸岡医院)


堀 祐久先生を偲び  大森 進(長岡保養園)

 「生涯現役」と常々話しておられた堀先生が、その言葉の通り現役のまま平成19年11月6日に亡くなられた。
 先生は昭和20年9月に当時の新潟医科大学付属医学専門学部を卒業され、柴田内科に入局された後、栃尾郷病院へ勤務されながら新潟大学解剖学教室でも研鍵を積まれた。昭和56年4月に長岡保養園内科に勤務されるまでは、新潟鉄道病院で保健管理部長の要職をお勤めになっていたとのことである。
 思い起こすと15年余の昔になるが、私が長岡保養園に入職した当初から隣り合わせに席を並べ最初の印象は鼻下に髭を生やし身長175cmの偉丈夫、何となく近づき難い先生のように思っていた。だが日ならず好奇心旺盛で、色々なことに興味のある話し上手な先生のことゆえ、会話が弾むにつれ髭の由来など面白おかしく聞くに及び大の仲良しとなつた。実は髭は忘年会にて寸劇をした折に付け髭を使って劇をしてそれが好評であり、本人もその気になって本物の髭を生やしたとのこと。大変お似合いであった。それが5年程前の或る日突然つるりとした顔で出勤、自慢の鼻髭を剃り落としてケロリとしていた。ご本人の説明によると、なかなかに手入れが煩わしいものの様で、面白く感じていた。また聞くところによると絵画も本格的に師匠につき習熟し、新潟市展に人選数回とのこと。また囲碁・将棋も真剣に勉強しそれぞれ四段と二段を獲得される精進の人でもあった。尊敬する次第である。
 また家族思いで大変な愛妻家でもあり奥様をとても大事にされていた。その奥様が平成15年3月に亡くなられ、その後、先生も歯科受診から思いがけず口腔癌の宣告を受け、東京癌センターにて下顎骨に及ぶ摘出手術を行った。闘病生活は、通院四年に及び、転移による淋巴腫摘出は数回にわたるものだった。それでも癌センターまで通院の折には近くの築地市場へ足を延ばして大好きな寿司店をお嫁さんと覗いては楽しんできた話なども聞かせてくれていた。また毎年子供さん達に送る手作りの梅干も一人で病院をお休みの日などに作られていたとのことであった。
 しかし今年になって徐々に生気を失って来た様に見受けていた。
 去る9月18日突然の胸痛から長岡赤十字病院に入院。癌性胸膜炎肺炎等の診断の結果で加療するも効無く、11月6日午前8時永眠されました。本当に惜しい人をなくしました。今頃は奥様と共に談笑し、苦しみの無い楽園に微笑んでいる事でしょう。
 生前の交友を感謝し、職員一同を代表して御礼を申し上げます。有難うございました。
 安らかにお眠り下さい。合掌

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「アルビ友の会」とサッカー  森下英夫(長岡赤十字病院)

 サッカーのアルビレックス新潟は子供から高齢者まで幅広く支持されていますが、長岡赤十字病院内でもアルビファンは多く、「アルビ友の会」を作って年に1回冬期に激励の飲み会を行ってきました。会長はJ2時代以前からのサポーターである安達茂實産婦人科部長で、口腔外科の大西眞部長が副会長格ですが、検査技師・看護師・事務職員などの方もいずれ劣らぬ博識およびグッズ自慢です。しかしサッカーのルールはよく知らない人でも、ゲーム自体の
おもしろさ(1.ボール自体が大きく体全体で反応するため、遠くからでもわかりやすい、2.体の小さい選手、足が余り速くない人でも何か取り柄があればそこそこ使え、民族差が少ない、陸上競技における黒人の様にどうしようもない先天的な差は少ない、3.強いチームが必ずしも勝つとは限らず、勝ったチームが強いと言われる、4.接触プレーが多く審判の不当な判断に腹の立つことが多いが、それも妙にフアン同士の連帯感につながる、5.選手が激しい抗議をするとイエローカードをもらうが、サポーターは物でも投げない限り罰はないため、審判・相手選手の不埒な行いに対して口による天誅をくわえる、6.スタンドで観ていると0−0でもいろいろ見所があり、負けなくて良かったという満足感がある、etc)と、強い郷土愛がからまったパッションは他では得られないものです。みなそれぞれの立場で人に言えない小さな悩みを持っていると思いますが、大きな声をあげて、シンプルにひいきのチームを応援しているとイヤなことも吹き飛び、前向きの姿勢につながる効果もあるようです。
 昨年4月8日には病院有志でバスを借りてヴァンフォーレ甲府との川中島決戟のため、松本に行ってきました。それまではホームゲームのみで、おとなしく座っている指定席でしたが、初めてのアウェー戦で、立ち放しでの応援は実に刺激的でした。前半は押され気味でしたが、ホームの甲府勢よりも多いアルビサポーターの熱狂的な応援のお陰か、後半に爆発し4−0で圧勝しました。帰りのバスの中は皆夢見心地で、この幸せがいつまでも続いてほしい気持ちでした。
 これに味をしめて本年6月16日出、大宮アルディージャ戦のために遠征してきましたが、新潟の東北電力ビッグスワンと違い、売店での食べ物の種類も少なく、温度管理も全くできていませんでした。この日も良い試合で、0−1から起死回生のゴールで同点に追いつきましたが、審判(ミス続きで再教育期間直後の試合)の不当な判定のため、一人退場になり結局1−2で負けてしまいました。この時悔しくて泣いていた坂本将貴選手の姿が、印象的でした。私自身は大学で6年間バレーボールをする前は、4年程サッカーをしていましたが、その後はずっと無縁でした。しかし日韓ワールドカップの決勝リーグのイングランド対デンマーク戟の場外医療団としてビッグスワンに行ってから、少しずつ火がついてきました。そしてJ2からJ1への昇格を決めた試合を観に行った後は固定ファンとなり、シーズンパスを買うこととなりました。いろ
いろな用事が重なり、最近はホームですら半分もいけない状態ですが(ワイフからしかられている)、昨年度奪われた観客動員数日本一の座を浦和レッズから取り返して欲しい気持ちは強くあります。ただサッカー場の収容人数の問題もあり、奪還は難しそうです。
 また昨年までは圧倒的にホーム(東北電力ビッグスワン)で勝利していましたが、天気も大差ない国内のホームゲームで何故有利なのか、私なりに考えてみました。(1)熱狂的なファンの声援で相手チームの選手がビビル、(2)審判も恨みを買いたくないので、ホーム側に有利な判定をする。しかし(1)、(2)もこれでビビル様ではプロとは言えず、敵が多いと
燃える選手や、かえって不利な判定を下す審判もいます。やはり(3)大声援で応援されることによって、150%の力でハッスルする味方選手の頑張りでしょうか。確かにホームでやる時のアルビレックス新潟はアウエーとは全く別のチームで、一時も気を抜かないでよく動くようです。最初の選手紹介から敵には素っ気なく、味方には手厚くアナウンスされます。またベテランリーダーの合図で、ハッスルプレーや惜しい場面ではすかさずエールを送り、選手個々人の応援歌をみんなで大合唱します。まだ作ってもらってない者は自分の歌がほしいとハッスルし、認められて全日本に入りたいと秘かに思うものはますます頑張るでしょう。大劇場でスポットライトを浴びるソロ歌手の様な気分にもなり、この大声援の元で頑張らなくては、男がすたるでしょう。ただ動きすぎて疲労がたまり、次のアウエーの試合では運動量が落ちる傾向があったようです。
 しかし今年はいろいろ異変が起きてきました。先ず最初は今まで全く相手にされてなかった全日本に矢野貴章が選ばれ、ヨーロッパ組でなくとも国内で頑張っていれば、晴れの場に出れることがわかり、その他のメンバーも顔つきが変わってきたことです。またアウェーではほとんど勝てなかったアルビレックスが、連勝を重ね、何と中間体み前に3位をキープし、残留当確ラインに近い32点の勝ち点に達しました。バックスの千代反田充、永田充は新メンバーですが、強い競り合いとヘッディング、頭脳的な守備とロングパスはそれぞれ全日本クラスの能力を示し、ジェフ千葉からの闘将坂本将貴は戦う姿勢をみんなに植え付け、先制点をとられても逆転できるチームになってきました。その他に松尾直人が左サイドバックの先発メンバーになりましたが、今まで不動のレギュラーを誇っていた鈴木慎吾や寺川能人、中野洋司などが控えになりました。矢野がヨーロッパ遠征で劇的な決勝ゴールを挙げている前に、鈴木慎吾の大分トリニータへの移籍が決まり、層の薄さが懸念されていました。後半戦の開始早々はよかったのですが、その後ホームでの3連敗を含めた4連敗となってしまいました。上位になってこれを維持したり、2強(ガンバ大阪と浦和レッズ)の間に割って入っていくためには引き分けでは足りず、勝ち点3の勝利しかないため、負けてもいない時点から前掛かりになって、相手のカウンター攻撃でもろくも失点してしまうケースが多いように見受けられました。ホームではなおさら勝ちしか見えないため、やりきれない逆転負けなどが続きました。また一時は強豪チームとの評価も受けたため、相手側から攻めのパターンなどを良く研究されるようになったことと、柄にもない横綱・大関相撲をとってしまった部分もあるのかもしれません。弱り目にたたり目で、この間に内田潤の右膝執帯損傷、マルシオ、エジミウソンの怪我や累積点のための出場停止、田中亜土夢の骨折、永田の右膝勒帯損傷など踏んだり蹴ったりの状態でした。しかし9月30日のアウエーでの浦和レッズ戦は残されたメンバーの必死さと動きの良さがテレビからも伝わり、相手がアジアチャンピオンズリーグ戦で疲れている点などを差し引いても、素晴らしい試合でした。最後の3分間でレッズのポンテの見事な個人技で、決勝ゴールを決められてしまいましたが、負けてもすがすがしい久し振りの試合で、今後に明るい希望を持たせるものでした。これからも楽な試合は無いと思いますが、今まで通り頑張っていってくれるものと確信しています。
 We love Albirex

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南アフリカにルーツを求めて〜その3  田村康二(悠遊健康村病院)

第2章 ザンベジ川に沈む太陽にうっとりする

 ジンバブエヘの入国手続には、時間がずいぶんとかかった。2006年10月11日のことだった。ガイドの森田さんが「入国審査には1時間はかかりますよ。ここは日本じゃありませんからね。トイレに行かれる方は済ませておいて下さい」などと説明する。「マンマンデーとはこういうことを言うのでしょうね。何しろ手書きで全ての書類を書いていますよ」と誰かが言っている。このジンバブエ共和国に入国した日本人は2004年には174,066人であったという。アフリカへの旅行好きな人は、結構多いのだ。
 やがて迎えのバスに乗って30分位で今日泊まるホテル、Elephant Hillsにようやく到着した。長岡を出発して何と35時間位、約2日も掛けての長旅だった。だからツアー客の一同は 「ようやく、ジンバブエに無事に着きましたね!」と口々に言い合った。

1 ジンバブエでは流石の日本人も商売できない

 このジンバブエ共和国、通称ジンバブエはアフリカ南部の国。首都はハラレ。アフリカ大陸の内陸部に位置し、モザンビーク、ザンビア、ボツワナ、南アフリカ共和国などの国々に隣接している。国名は、ショナ語で「石の舘(家)」を意味していて、ジンバブエ国内にある、グレート・ジンンバブエ遺跡に由来する。かつては、イギリス領南口ーデシアと呼ばれていた。観光客への売り物は何と言ってもビクトリア滝である。
 この国では日本商人も流石に商売はできないらしい。それは西欧社会が一致して深刻な人権侵害をしているジンバブエに経済封鎖をしているからだ。最近のブッシュ・アメリカ大統領は演説で北朝鮮などと並んでこの国の人権侵害を批判している。
 アフリカというと、かつての人身売買や奴隷貿易を思い出させる。所が今や日本は人身売買で国際的な批判を浴びている。2000年に「人の密輸議定書」を含む「国際組織犯罪防止条約」が国連総会で採択されたが、日本はその条約に署名こそしたものの、未だに批准していない。2005年にようやく刑法に人身売買罪を新設した。しかし2005年に米・国務省発表の142カ国・地域を
対象とした「05年次報告書」で日本は、日本政府の「人身取引対策行動計画」導入などが評価され、4段階で下から2番目の、1ランク上の分類に改善されて、ようやく監視対象からは外された。だが、「人身売買撲滅の基準達成が不十分」との評価は変わらずだ。
 「アジアや中南米から女性や子供が来日して性的に搾取され、暴力団が人身売買に関与している」との記述もみられる。先進主要8カ国(G8)中では、04年に続き監視対象のロシアを除けば最下位である。しかも国際労働機関では、日本は性的なサービスを強要する性産業に従事する女性の国際的な人身売買の「主要目的地」と指摘している。そのことを知らない人は案外多いようだ。だが国際的には真に恥ずべきことだ。
 人身売買については医師も他人事ではなかろう。かつては大学教授が人身売買よろしく関連病院に医師を派遣してきた。だが久しぶりに新潟に帰ってみと、驚くことに相変わらず医師派遣を教授や教室に頼んでいるらしい。これでは新潟からますます有能な自立した人材は去ってゆくだろう。

2 ジンバブエの亡国病・エイズ

 宿は大きなチョベ川のほとりにある。クリントン前米国大統領夫妻も最近泊まったという2階建ての立派なリゾート・ホテルだ。部屋に入ると、家内が「こんな変なものが引き出しにあるわよ」という。みると何んとコンドームがホテルのアメニティ・グッズの中にあるのだ。色んな所へ行ったが、コンドームが備えられているホテルは初めてだった。このことはこの国を含めてアフリカのエイズ問題は深刻で、すでに亡国病となっていることを示している。何時も思うことだが、こういう国で旅行中に万が一にも緊急手術を要することになったら大変だ。
 ジンバブエではHIVには国民の約3割が感染しているといわれており、世界保健機関(WHO)の2006年版の「世界保健報告」によると、この国ではHIV/エイズの爆発的な拡大によって、1990年には52歳だった平均寿命が2004年には何んと34歳にまで急激に低下することになったという。全人口1,200万人のうち80万人(このうち15歳以下の子供の23%)が、HIV/エイズに悩んでいる。この80万人の孤児のうち20%がHIV感染者であると推測されている。それに加えて50%以上の子供たちが栄養失調に苦しんでいる。
 この国は戦争、民族紛争と指導者の無能さのために、なんと年間1,000から3,000倍と言うインフレに見舞われている。国民の貧困率は高く、近代的医療は崩壊しているという。調べてみると全国で病院数は僅かに643で医師数は740人しか居ない。このジンバブエ北部の「ビクトリアの滝」周辺の地域では、HIV感染は旅行者が多く集まるので感染が広がりやすいらしい。
 エイズを発症させるウイルス「H??」(ヒト免疫不全ウイルス)は、1940−50年代ごろにアフリカ南部のコンゴ(旧ザイール)にいたチンパンジーから、人間に感染したと考えられている。その後10年ほどかけて、コンゴのジャングルに住む人々から内戦のためにこの地域を行き来しているゲリラ軍や政府軍の兵士、トラックなどの運転手や商人たちに感染した。そこで隙く間にアフリカから世界中に広がって行ったらしい。
 アフリカでは1950年代から「痩せ病」(slim disease)と言う疾患が各地で報告されていた。しかし1981年の報告後、わずか10年程度で感染者は世界中に100万人にまで広がっていった。エイズは胤年にアメリカのロサンゼルス市に住む同性愛男性に初めて発見され、学会に症例報告され広く世界に知れてきた。
 日本でも治療法が無い死の病に対する恐怖感に加えて、感染者に同性愛者や麻薬の常習者が多かったことから、感染者に対して社会的な恐怖感や偏見が持たれた。大学の私の教室には当時は血液斑があったので、タイ女性のエイズ一号が入院してきた時には大騒ぎをした。その頃にアメリカヘエイズの実態調査に行ったことがある。賭博の町・ラスベガスの郊外に新しくできたエイズ専用の隔離病院を見せて貰った。まさに現代のペスト扱いだった。
 先だってアメリカのロス・アンジェルス国際空港に着いたとき、空港出口に掲げられている大きな看板をみて驚いた。そこには何んと「セックスは楽しい。だからコンドームを着けよう!」と大書されていたからだ。欧米等の先進諸国では、徹底した感染予防キャンペーンや性教育などで、新規のHIV感染者は減少傾向にあるが、先進諸国中で依然として感染が拡大しているのは日本だけである。「性道徳を高めてエイズに対抗しよう」などと言われている。歴史的に性道徳など無かったこの国で、道徳でのみエイズに対応しようとしているのはどうしても理解できない。(続く)

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鷹化して鳩となる  郡司哲己(長岡中央綜合病院)

 「鷹化して鳩になる」って、どんな意味か見当がおつきになりますか?
 つい先頃も小沢一郎なる政治家が民主党の党首を辞めるとか、大騒動があったばかりです。かって政治的に右派でとくに軍事・防衛問題で強硬ないわゆる鷹派が、平和主義の立場の鳩派に豹変すること。……この解答は……×。
 正解をご存じの方は、なかなかの中国古典通か、または季語の勉強をされた俳句がご趣味の方(わたしはこっち)に違いありません。
 広辞苑によれば、「礼記(月令)『仲春之月……鷹化為鳩』七十二候の一。陰暦二月の第三侯。季語:春」ちなみに中国の旧暦で一年を七十二に区分し、その時侯の特徴・変化を示したものが七十二侯です。
 鷹が鳩のようにさえなる、のどかな春の気候ということでしょうか。

「“ゆめ”ちゃん、かわいい瓜坊みたいな縞模様ね。ブラッシングでそうなるのかしら?」と今朝も犬のお散歩で立ち寄ったところ、近所のNさんの疑問です。

「このごろ不思議とこんな縞がめだってきたんですよね。老化現象の一種のような気がするんですが、原因はわかりません。」

 我が家の“ゆめ”は毎朝散歩の途中で立ち寄るお友達犬の家がご近所に数カ所あります。ミックス犬のトム、シベリアン・ハスキーのテツ、北海道犬のサンディー、ゴールデン・ラブラドールのグー……数え上げてみると、オス犬ばかり、ボーイ・フレンドですな。彼らがそろって人なつこい性格で、会いに行くと喜ぶので、わたしも頭を撫でてあげるのが楽しみです。
 我が家の“ゆめ”はこの12月の誕生日で満16歳。なかなかの高齢で人間では80歳位に相当。昨年でしたが、本誌への投稿「犬だってボケ防止」がインターネット上で、編集部の目にとまり、なんとペット専門雑誌の依頼で、『DOG・LIFE』2月号に“ゆめ”の写真入りで同記事が一部加筆のうえ、転載されました。……パチパチ。
 その高齢犬のボケ防止の要旨は、まずDHAなどの摂取に、マグロを主にキャットフードのレトルト製品の利用と豆・イモ類などの雑食。次は寝てばかりの単調な生活に刺激を与える目的で、積極的に犬友達の訪問です。家人の家計簿上は(ホントは付けてないので、架空の……)「交際費」 で購入したチーズや犬用ジャーキーを持参し、いっしょにおやつを食べて、どちらの犬もたいへん満足しております。

 さて最近、このお婆ちゃん犬の胴体に縞模様ができてきたのです。茶自の地毛が2センチ幅ほどで、きれいに撫で分けたように毛足が短い部分があるので、影が付くため、胴体をうす黒い縞模様が地面に平行な向きに数本走って見えます。
 もちろんシマウマのような横縞ではありませんが、いわばこれは『シマイヌ』とでも呼ぶべき状態であります。“ゆめ”は毛色分類は赤の柴犬で、実際は茶が主で、それに白とわずかに黒が入っています。それが年を長じまして、猫股ならぬ『シマイヌ』になってしまいました。

 人間の医学では、高度肥満者で急速に太った際に出現する皮膚線状とか、逆に急に痩せた際の皮膚のたるみ敏などあると思いますが。

 冬を迎える時候、寒さに備えて冬毛が増量すべきタイミングに、なんと我が家の老犬は『シバイヌ化してシマイヌとなる』という一席でございました。

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