長岡市医師会たより No.382 2012.1


もくじ

 表紙絵 「富士新春」 丸岡 稔(丸岡医院)
 「新年を迎えて」 会長 太田 裕(太田こどもクリニック)
 「新春を詠む
 「そうだ、伊勢に行こう」 南場一美(長岡中央綜合病院)
 「わんルーム 作りました」 岸 裕(岸内科・消化器科医院)



「富士新春(1月3日 忍野にて)」 丸岡 稔(丸岡医院)

 

新年を迎えて  会長 太田 裕(太田こどもクリニック)

 明けましておめでとうございます。会員の皆様には、健やかに新しい年を迎えられたこととお喜び申し上げます。
 昨年起きた東日本大震災は、1000年に一度ともいわれる大地震で、震源が1000キロにも及び、マグニチュード9、大津波そして更に原発事故。これまで日本人が経験した事のない大災害でした。そして原子力災害は、放射能被曝、電力不足、風評被害などを長期化させ日本そして経済の根幹を揺るがす結果となっています。震災から9カ月が経過しますが、他県へ避難されている方もまだ多く、復興も途に就いたばかりです。これからも多くの困難が待ち受けている事と思いますが、一日も早く被災された方々に笑顔が戻ってくる事を願っております。
 長岡市医師会としましては、中越地震で全国の皆様から暖かいご支援を賜りましたので、できるかぎりの援助をと考えておりました。幸いなことに多くの会員の皆様の協力を得る事が出来ました。長岡赤十字病院によるDMAT、災害拠点病院である長岡赤十字病院並びに長岡中央綜合病院による医療活動、日本医師会が形作ったJMATを4チーム石巻に派遣、透析患者60名の受け入れ、特養、老健の寝たきりの患者120人の受け入れ、体育館を中心に12か所の施設で最大963名の避難民の受け入れと巡回診療(おもに南相馬市)。中越地震の折に、会津若松医師会、鹿児島医師会より多額の義援金を賜り、有効に使わせていただいた経緯もあり、会員の皆様に義援金のお願いをいたしましたところ、多くの皆様に賛同していただきました。実に1000万以上の義援金が集まり、1300万円を被災されたそれぞれの郡市医師会そして被災地で苦労された法医学教室に寄付させていただきました。会員の皆様を心から誇りに思います。ありがとうございました。
 さて4月には診療報酬と介護保険のダブル改定があります。これまで民主党政権は社会保障と税の一体改革と称してTPP参加、混合診療解禁、医療ツーリズムなど国民皆保険制度や社会保障制度の根幹を揺るがす政策を推し進めようとしています。国民にとって健康で安心して暮らせる事が第一です。その為にはより良い医療を等しく受けられる国民皆保険制度が最も大切です。この制度を崩壊に導くいかなる政策にも断固反対していかなければなりません。
 次に県では、泉田知事が医師不足解消のために新潟県に医大を新設する構想をぶち上げています。医師不足は現実ではありますが、医大新設によって教員を200から300人確保しなければならず、その医師は各医局、病院から引き抜かれ医師不足が加速する結果となります。また卒業した医師を輩出する20年後には、確実に人口減となり医師過剰時代を迎えます。現在医師不足への対応は喫緊の課題ではありますが、医大新設では何の解決にもなりません。
 次に長岡市医師会についてですが、お陰さまで地域医療連携がうまく回っております。特に救急医療つまり、休日診療、大人の平日夜間、子ども急患が担っております一次救急、三病院の輪番による二次救急がうまく機能しております。これは基本理念としています“これからもますます社会に貢献できる医師であり医師会であること”を実践し、市民の皆様に安全安心を与える最も大事な事業であります。また今年1月より長岡中央綜合病院そして4月より長岡赤十字病院がそれぞれ土曜休みの完全週休2日制に移行しますが、救急の輪番制はこれまで同様に行われますので宜しくお願いします。
 数年前より整備してまいりました各種疾患の連携パスについてですが、脳卒中、大腿骨頚部骨折の2つのパスは保険で認められていることもあり比較的うまくいっております。一方他のパス特に5大ガンのパスは全県統一パスを作ったにもかかわらずうまく回っておりません。成功している地域を参考にし、再考する必要があるようです。
 特養などの高齢者福祉施設からの救急患者搬送が救急の現場で問題となっております。この事を契機に「施設での救急、看取り、他の病院への救急搬送などについてこの地域でどのように対応していけるのか」を検討する委員会を立ち上げ、より良い方策を見つけてゆきたいと考えております。
 その他に、公益法人改革の問題、25年度急患センターの現市役所への移転など皆様に諮らねばならない事柄もあります。また丸山正三絵画館設立そして長谷川泰先生の銅像建立の寄付をお願いしておりますが、多くの方より暖かい寄付をいただきました。誠にありがとうございました。それぞれの完成を心待ちにしております。
 最後に、伝統ある長岡市医師会をさらに発展させ、社会に貢献する医師会としてゆく所存でございますので、会員の皆様のご支援、ご協力、宜しくお願いいたします。
 皆様にとりまして登り龍のごとく明るい辰年になりますようお祈りして新年の挨拶とさせていただきます。

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新春を詠む

雪の富士 今年を祈る 初暦  荒井紫江(奥弘)

諏訪大社 温水うれし 初手水  十見定雄

友が狩る 鴨は年始の 鍋となり  江部達夫

日本海の 沖波高き 初景色  石川 忍

入院の先輩S先生
養生も 気から始まる 初暦
  郡司哲己

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そうだ、伊勢に行こう  南場一美(長岡中央綜合病院)

 はじめまして。長岡中央綜合病院、研修医1年目の南場一美と申します。新潟市出身、新潟大学出身、初めて新潟市より外に出て、現在は長岡市で生活しております。
 昨年4月より研修医を始めて、本当に数多くの経験させて頂いております。周囲の方々に助けられながら、自分の経験を積めるのは、本当に恵まれていると思います。いや、そう信じなくてはやっていけない時もあります。どうやら私は、所謂「引く人」らしいのです。
 病棟で稀な疾患の患者さんの担当になったり、救急外来が混雑したりするようです。忙しさの評価は人それぞれではありますが、周囲からは「嵐を呼ぶ女」、「ダイソン顔負けの吸引力」等々の綽名をつけられております。遂には、指導医の先生から「お前の背中には黒い羽根が生えている」と言われる有様でした。確かに10月は自分でも忙しかったと思います。そのような中、自宅の洗濯機まで故障してしまい、一度お祓いした方が良いのではないかと考えるようになりました。しかし、「生まれついての体質は変わらないから効果がないと思う」、「寧ろ新たなパワーを獲得してしまうのではないか」との周囲の意見もありました。結局、お祓いまではせずとも、リフレッシュも兼ねて「一生に一度はお伊勢参り」と言われる伊勢神宮を参拝し、心身ともに清めて来ようと思い至った訳です。
 伊勢神宮とは通称で、正式には神宮といいます。宇治の五十鈴の川上にある皇大神宮(内宮)と、山田原にある豊受大神宮(外宮)の両大神宮を中心とした125の宮社の総称です。内宮は天照大神を、外宮は天照大神のお食事を司る神の豊受大神をお祀りしています。と、電車の中、『るるぶ』で基礎知識を学びながら、伊勢に向かいました。長岡を出たのが昼過ぎだったので、伊勢に着く頃にはとっぷりと日が暮れていました。雨だったせいか、伊勢市駅周辺はひっそりとし、冷たい外気が凛とした緊張感を漂わせていました。
 翌日は、打って変わっての晴天。晴れやかな気持ちでまずは外宮を訪ねました。伊勢市駅から街中を歩いていると、突然目の前に森が出現しました。足を踏み入れるまでは、現代の世において、その森だけ時を間違えてしまったかのような違和感を覚えました。しかし、一旦踏み入れてしまえば、寧ろ心が安らかになっていくのを感じました。後は、気の向くまま足の向くまま、御正宮、そして別宮を参拝しました。
 神宮は平成25年に第62回式年遷宮のクライマックスである遷御の儀を迎えるそうです。それに先立ち、平成21年に宇治橋も架け替わっております。20年に一度、宮処、御社殿、神宝等の一切を一新して、常に常若の状態を保っているという神宮。外宮から内宮に向かい、五十鈴川に架かる新しくなった宇治橋を見て、その常若の精神を実感しました。そして、2000年前から現代まで、同じように人々が行き交い、参拝することへの畏敬の念を感じずにはいられませんでした。そして、内宮内でもまた、多くのことを肌で感じることができました。大木が立ち並ぶ境内の中の参道を歩きながら、悠久の年月に思いを馳せ、御正宮に参拝しながら、日本人という実感を改めてもちました。初めて来たのに自分の原点のような、全く非日常なのに心は落ち着くような、相反する思いを抱きながらも、その場にいるだけで心が洗われる思いでした。
 私の実家には神棚も仏壇もあります。初詣には神社に、お盆はお寺に行きます。典型的日本人で、無宗教なのかもしれません。でも、寺社に行くと落ち着きますし、清らかな気持ちになれます。そのような方が多いのではないでしょうか。実は神宮に行く前は、もっと俗世的なお願いをして来ようと思っていたのですが、いざ行ってみると日頃の感謝の思いを感じるばかりでした。「こうして日々暮らしております。これからも精進して参ります」と。結局、黒い羽根は生えたままかもしれませんが、ありのままを認めると、少し楽になった気がしました。まだ1週間しか経っていませんが、心なしか羽根の色もグレーになった気がします。
 日常に疲れた時に、たまには参拝に出かけてみるのは如何でしょうか。御利益の有無は分かりませんが、心が軽くなり、前向きな気持ちになれる効果はあると思います。

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わんルーム つくりました  岸 裕(岸内科・消化器科医院)

 新年を迎えまして、本年もよろしくお願い申しあげます。皆々様にとって良いお年となります様、お祈り申し上げます。
 我が家では、昨夏より家族の一員となったヨークシャーテリアの“ちび”(おんなの子、今、6か月)も、大晦日の晩には家族と共に紅白を見て過ごし、年越しそばも“わんわん物語”のレディとトランプがスパゲッティを美味しそうに食べる様にチュルチュルっと食べて見せ、年を越し新年も元気一杯です。
 ところで、我が家は先の中越地震の折に全壊となり、建て直しを余儀なくされたのですが、被害の少なかった一部分は取り壊さずに、古いタンスやパソコン、数々の鉄道模型ジオラマ、etcの保管場所(物置)としていました。そこを昨秋、“ちび”の居場所と私の居場所を確保するために不要な物を捨て去り(ジオラマとゲームCDつきのパソコン雑誌は大事に取っておきましたが)、地震で傷んだ土台を補強し和室と洋間だったところをワンルームにリフォームしたのです。ついでにフロアーは全面を犬用のフローリングに張り替え。
 そう、犬は普通のフローリングでは、滑って転ぶのです。“ちび”も我が家の廊下などで興奮して猛ダッシュをすると勢い余ってコテッとこけるのです。しかし犬用のフローリングは、滑りづらい上によごれも付きづらく、万一の粗相にも大丈夫なようにできています。
 そんなわけで、我が家の“ちび”は、室内ドッグラン場が出来たと大喜び。心おきなくダッシュしている。毛足が長くおもちゃっぽい外見に似合わず、猛スピードで駆け回る。
 が、小型犬なのですぐ疲れてはフローリングに丸くなってガラス戸の一番下から表の雪景色を眺め、私が医院から帰ってくるのを待っている。足音でもうガラス戸越しに“わんわん”と喜び、わんルームの入り口で顔をだすのを待ちかまえ、入り口を開けると“会いたかった、会いたかった、会いたかった、ぴょん・ぴょん・ぴょん”と両手を挙げ真上を向いて後足で跳ねながらこっちの脚にじゃれついてくる。教えもしないのにいつの間にかダンスを踊るように二足歩行をするようになってきている。そのあまりの可愛らしさにメロメロで、最近はひょっとしてAKB48よりもずっと可愛いのではないか、と思っています。(あくまでも個人の感想です。)
 しかしながら、広くなった分、エアコンだけでは暖かさが十分には取れない。暖、暖炉、……薪ストーブ……が欲しい。
 11月の“ぼん・じゅ〜る”でご紹介したカール・ベンクスハウスにはドイツ製の洒落た薪ストーブが設置されていました。カールさんに薪ストーブのことを聞いてみたところ、もともとドイツから船で薪ストーブやマントルピースをまとめて輸入していたが、今回全部使ってしまって次の入荷の予定はまだ立っていない、とのことでした。仕方なくネットで探してみたら、薪も使える国産のペレットストーブを作っている会社が白根にあったので早速行ってみました。
 会社の方の話では、震災以降県外からも多くの発注があり製作が間に合わない程で、注文生産となり一か月くらいかかるとの事。
 ストーブが来るまでの間に、置き場所の床タイルと壁煉瓦の工事をすべく山古志の左官屋さんに頼むと、なかなかクラシックな良い感じに仕上げていってくれました。
 あとは“ちび”と一緒に薪ストーブの到着を待つのみ。

 降りやまぬ雪空眺め“ちび”と待つ薪ストーブはこりゃまだかいな

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