長岡市医師会たより No.432 2016.3


もくじ

 表紙絵 「トラファルガー広場とネルソン像」 木村清治(いまい皮膚科医院)
 「第8回中越臨床研修医研究会」 
 「老いては益々壮なるべし、老年医学の目指すところ〜その7」 田村康二(老人保健施設ぶんすい)
 「蛍の瓦版〜19」 理事 児玉伸子(こしじ医院)
 「巻末エッセイ〜白い花で黄連とは」 郡司哲己(長岡中央綜合病院)



「トラファルガー広場とネルソン像」 木村清治(いまい皮膚科医院)


第8回中越臨床研修医研究会 (2016.2.3 於 医師会館大ホール)

「腎機能正常患者に発症したアシクロビルによる急性腎不全と脳症の一例」 齋藤強太(長岡赤十字病院)

【症例】72歳、女性
【主訴】意識障害
【現病歴】高血圧で2年前から内服加療中(アーチスト10mg/日)、5か月前の血清 Cre値は0.58mg/dl(eGFR 76.2)であった。10日前に右大腿部に疼痛を自覚し、近医を受診し、ロキソニン(180mg分3)の内服が開始された。その後、同部位に発赤と小水疱が出現し、8日前に帯状疱疹と診断され、バラシクロビル(3000mg/日)の常用量で内服が開始された。2日前からうわごと、幻視、歩行障害が出現した。1日前、呂律不良認め、救急外来を受診、頭部CTでは異常を認めず帰宅となった。その後、症状改善しないため同日未明に再度当院救急外来受診した。
【入院時身体所見】一般身体所見:右大腿部から臀部にかけて(L3領域に一致)帯状の発赤と小水疱を認めた。神経学的所見:JCS T−3の意識障害と、呂律不良を認めた。
【検査所見】血液検査:BUN 64.4, Cre 6.56, pH 7.315, HCO3−17.4、尿検査:血尿(+),結晶(−), FeNa 8.2%
【入院後経過】尿量は入院から半日で1600mlと保たれていたが、意識障害があり、バルトレックス除去目的に第一病日と第二病日に血液透析を4時間施行した。その後は補液のみで腎機能改善し、第25病日には0.77まで改善認めた。入院時の血中アシクロビル濃度は47.4と異常高値を示したが、1回目の血液透析で45.6%、2回目の血液透析で71.8%が除去され、アシクロビル濃度は5.3と中毒域を脱した。意識障害は血中アシクロビル濃度と相関し、徐々に改善認め、第4病日には意識清明となった。
【考察】2008年の The New England Journal of Medicine の Manson らの報告によれば腎機能正常患者にアシクロビルを投与した際に腎機能障害を認め、尿を検鏡したところ、結晶成分を認めた。血中アシクロビル濃度の上昇に伴い、結晶化し尿細管を閉塞させることで、急性腎不全(Crystal nephropathy)が生じるとされている。本症例は高齢者で、食思不振のため、脱水となり急性腎不全に至り、アシクロビル排泄が遅延し、血中アシクロビル濃度が上昇した結果、アシクロビル脳症が引き起こされたと考える。高齢者では投与量への十分な配慮と、脱水への注意や神経症状の有無などについて、厳重な経過観察が必要と考える。

「原発性アルドステロン症(PA)と腎血管性高血圧症(RVH)の鑑別に苦慮した CKD stage5 の一例」村田雅樹(長岡中央綜合病院)

 症例は70歳女性。10年来の高血圧に対し ACE−I、Ca−blocker、利尿薬で内服加療していた。下腿浮腫と腎機能の経時的増悪があり、また CT で最大径9mm大の左副腎腫瘍を指摘された。BUN 51.3mg/dL、Cre 3.31mg/dL、eGFR 11、尿蛋白0.383g/日と CKD stage A2G5で、血圧は160/90前後であった。診察上腹部血管雑音を聴取し、MRA で精査した結果腎動脈狭窄(RAS)を示唆する所見を認めた。内分泌検査では PAC 159.1pg/mL、PRA 0.3ng/mL/hr、PAC/PRA 530であった(コルチゾール 10.3μg/dLで正常)。高血圧の原因として PA と RVH 両方の可能性を考え精査した。PRA が明らかに低値でかつ造影剤の使用を避けたかったことから、PA の診断を優先した。フロセミド立位負荷試験、迅速 ACTH 試験、カプトプリル負荷試験を施行し、判定基準を満たしたのはフロセミド立位負荷試験のみであった。日本内分泌学会の指針では2つ以上陽性であることが診断の必須要件となっているが、統一した見解はない。本症例は ARR が著明に上昇し副腎腫瘍も明らかであることから、積極的治療も視野に入れ、選択的副腎静脈サンプリングを施行した。右副腎静脈への適切な位置へのカテーテル挿入は困難で全体として正確な評価は出来なかったが、ACTH 負荷後の PAC は左 372.0ng/dL、右 5.0ng/dLと、アルドステロン分泌量は多いようであった。最終的に造影 CT を施行し、右腎動脈 90−99%狭窄、左腎動脈 70−90%狭窄と明らかな所見を認めた。高血圧の原因として RAS に伴う RVH の可能性、さらにそれが CKD 増悪の主要因である可能性を考えた。
 これまで PA 患者の5.8%〜7.4%に RVH を認めたという報告があり、独立して生じたものと、PA が RAS の原因となっている可能性の両方が示唆され、常に共存の可能性は考えて診療に当たるべきとされる。降圧療法に加えて腫瘍摘出術や経皮的腎血管形成術を施行しても、術前からの高度腎機能低下例では、術後に完全に降圧薬を中止することは困難とされ、これまでの複数の前向き試験やメタ解析において、降圧療法に加えて経皮的腎血管形成術を施行することの有益性は、両側 RAS に対する降圧の利点を除いて、腎機能の進行抑制、心血管疾患の合併症予防、死亡率に関し有意差を認めていない。本症例では年齢やPSを考えると腎予後が患者の QOL に大きくかかわると考え、患者の意思を尊重し、経皮的腎血管形成術を施行した。腎機能は増悪なく経過し、また血圧もコントロールされた。

「亜急性肺高血圧を呈した肺腫瘍塞栓性微小血管症(PTTM)の一剖検例」柳村尚寛(長岡赤十字病院)

 【背景】肺腫瘍塞栓性微小血管症(Pulmonary TumorThrombotic Microangiopathy;PTTM)は、肺動脈末梢の腫瘍塞栓を契機に亜急性に肺高血圧が進行する、予後不良の疾患である。印環細胞癌などの低分化型腺癌との関連が報告されている。今回、慢性咳嗽を初発症状とし、剖検により胃癌に伴う PTTM と診断された1例を経験したので、文献的考察を加え報告する。
【症例】50歳、男性
【主訴】長引く乾性咳嗽、労作時呼吸困難
【経過】生来健康で粉塵等の吸入歴なし。某年3月より咳嗽が出現し、労作時の呼吸困難を伴うようになり、5月に当科に入院。低酸素血症と ALP の高値を認め、胸部 CT では末梢肺野まで拡張した血管陰影を指摘された。心臓カテーテル検査により確定診断に至った肺高血圧症の原因として、全身性の骨転移所見(骨シンチグラフィ)や腫瘍マーカー(CA19-9)の上昇を考慮し、PTTM の可能性が強く考慮された。入院後より、呼吸状態が急速に悪化し、原発巣の特定が困難になり、対症療法(ステロイドパルス、抗凝固療法)に終始した。第14病日に心肺停止となり、自己心拍の再開なく永眠された。死後、御家族の承諾を得て病理解剖を行った。
【考察】組織学的には、亜区域支以下の細動脈に、多数の腫瘍塞栓と器質化血栓、内膜の肥厚を認め、PTTM に矛盾しない病理所見であった。原発巣として、幽門前庭部の粘膜内に印環細胞癌を主体とした低分化腺癌が確認された。ウィルヒョウのリンパ節や所属リンパ節には、組織形態や免疫組織化学的形質が、原発巣や肺動脈内の腫瘍と同一の腫瘍細胞を認め、胃の粘膜内癌がリンパ行性に静脈角より体循環に入り、肺動脈に転移したものと判断した。本邦の報告例より、PTTM は生前診断が困難な急性疾患の1つといえるが、原発巣を特定し、化学療法を開始できれば、延命につながる可能性もあるので、進行性の呼吸困難や肺高血圧の原因として、本例のような非担癌症例においても、同疾患を早期に鑑別に挙げ、迅速な臨床診断と適切な治療選択を行う必要があると考える。

「瘤化していない感染性大動脈大動脈炎の一例」山口航平(立川綜合病院)

【症例】69歳、男性
【主訴】腹痛、腰痛
【既往歴】肥大型心筋症、慢性心房細動
【現病歴】腹痛、腰痛を主訴に救急外来を受診。造影CTを撮影し、腹部大動脈周囲の脂肪織に濃度上昇を認め、同部を感染のフォーカスと考え入院。ドリペネム(カルバペネム系抗菌薬)静注を行い、経時的に症状と炎症所見の改善を認めた。血液培養は陰性であった。経過中、突然の症状増悪をきたし、CT上腹部大動脈壁の ulceration の進行を認めたため、緊急で人工血管置換術を施行した。術中所見では、腹部大動脈周囲に炎症に起因すると思われる癒着を認めたが、明らかな膿瘍は存在せず大動脈壁の培養も陰性であった。術後は抗菌薬をレボフロキサシン内服へ変更し、症状は軽快した。
【考察】感染性大動脈炎はまれだが、大動脈破裂の原因となる致命的な疾患である。起因菌は黄色ブドウ球菌、連鎖球菌、サルモネラ属が多く、既存の大動脈瘤の vasa vasorum への septic emboli、腸炎などからの感染波及、カテーテルなどによる医原性感染が多いとされる。本例では血液培養陰性、術中所見でも膿瘍を認めなかったが、抗菌薬治療で炎症所見改善を認めたことから細菌感染が疑われる。一般に大動脈感染では瘤化をきたすことが多いが、まれに瘤化をしない例が存在することが報告されている。このような瘤化をしていない感染性大動脈例の症例も、突然破裂することがあり、常に手術を念頭において内科治療を行なう必要がある。

「中枢加温せずに救命できた重症偶発性低体温症の一例」三浦要平(長岡中央綜合病院)

 症例は80歳男性。意識障害を主訴に当院救急外来へ搬送された。
 既往は脳出血、未治療の慢性硬膜下血腫、高血圧。生活歴の詳細は不明であった。
 現病歴は12月末の寒い時期に自宅にて倒れているところを、市の職員に発見され当院救急外来に救急搬送された。意識状態としては弱弱しくうめき声をあげて手足を動かしたりはするものの意志の疎通は不可。JCS 100, GCS 7点(E1V2M4)。血圧は触診で 70mmHg, 脈拍は30/分整, SpO2は60%、体温は直腸温で 27.3℃と著明な低体温に伴うショックのバイタルサインを認めた。胸部レントゲンでは心拡大なく、右肺優位の浸潤影を認め、12誘導心電図では洞徐脈で、V5、V6にてJ波を認めた。血液検査所見では横紋筋融解によると思われる急性腎不全、肝障害、1型呼吸不全などの多臓器不全状態に加えて DIC を認めた。
 救急外来で電気毛布などの体外復温に加え、酸素投与、加温リンゲル、重炭酸ナトリウム、ドパミンの点滴を開始し2時間後、直腸温は 29.4℃に上昇し、ショックを離脱することができた。幸いにも経過中、致死的不整脈は発生しなかった。病棟入院時には 32℃程に復温しており、意識状態も名乗れる程までに改善した。急性期の問題点としては(1)呼吸不全、(2)DIC、(3)急性腎不全を挙げた。呼吸不全に対しては BIPAP を導入し、肺炎に対してはビアペネム、DIC に対してはトロンボモジュリンアルファの投与を行い、急性腎不全に対しては細胞外液の補充とフロセミド、カルペリチドによる利尿を行った。CK値の peakout とともに尿量は増加し、酸素化も徐々に改善し第7病日には BIPAP を離脱し、DIC も全身状態の改善に伴い改善した。慢性期には COPD と重度の認知機能低下が残存したが、第37病日に長期療養型施設へ転院した。
 救急外来で安静、電気毛布、加温輸液などの標準的処置を行い、循環動態が安定したため、体外循環は必要ないと判断した。さらに復温を続けると同時に、合併症への内科治療を行ったところ、高侵襲な体外循環を使用せずに無事救命することができた。

「食道ステントが逸脱し、膵炎を発症した一例」小川裕介(立川綜合病院)

 悪性食道狭窄に対するステント治療は、安全で即効性があり侵襲が少なく、広く普及しているが、ステント留置による合併症は多々存在する。
 進行食道癌に対して Century 社製の Niti-S シリコンカバー食道ステント留置後、ステントが逸脱し膵炎を発症した一例を報告する。
 症例は94歳、男性。中部食道に全周性の狭窄を伴う進行食道癌と診断。高齢のため、内視鏡的食道ステントの留置のみを行ない、経口摂取可能となり退院となった。
 ステントの留置から約70日後、心窩部痛のため当院を受診した。CT にて十二指腸下行脚〜水平部にステントが迷入しており、ステント口側端は Vater 乳頭からわずかに肛門側に位置していた(図1)。腹痛、アミラーゼの上昇、および腹水を認め、膵炎と診断した。食道ステントの十二指腸への迷入が原因で Vater 乳頭閉塞を来した一過性の膵液流出障害が原因と考えられた。同日、内視鏡的十二指腸内ステント除去を施行した。上部消化管内視鏡にて、生検鉗子で牽引用の糸を把持し、食道ステントを胃内へ誘導した。経鼻 scope サイドにスネアを装着しステント中央付近を把持し(図2)、愛護的に胃内から体外に抜去した。直後の観察で出血や穿孔所見を認めなかった。
 食道ステント留置の移動・脱落は 0〜8.3% との報告がある。食道ステント移動・脱落の原因として、治療効果による腫瘍の縮小、可動性の著しい食道胃接合部、留置後4週以内のステントの拡張が不十分な時期などがあるが、本症例ではいずれも該当しない。本症例で留置されていたステントは Full covered stent であった。Full covered stent は両端のフレア構造で食道に固定する構造になっており、アンカリングが弱いため逸脱したと考えられた。
 本例のように食道ステントが十二指腸に迷入し膵炎を発症した報告はなく、稀な合併症と考え報告した

「下痢と嘔吐に引き続き、せん妄状態となった34歳男性」仲村亮宏(長岡赤十字病院)

主訴:下痢、嘔吐、発熱、意識障害
既往歴:なし
家族歴:妹;Basedow 病
現病歴:
 娘に胃腸炎症状があり、3月22日3時より嘔吐、下痢が出現。その後発熱し、19時に意識状態がおかしいため、前医受診。敗血症性ショックが疑われ、当院に転院搬送。
 40℃台の発熱があり、発汗著明で頻脈を認めた。意識レベルは GCS E3V2M5。麻痺や髄膜刺激徴候は認めなかった。
 血液検査で WBC は正常範囲であったが、凝固能の亢進と NH3、CRP が高値であり、PCT が陽性であった。
 SIRS の基準を満たし PCT 陽性から、敗血症による shock liver を呈し、NH3 高値による意識障害と診断。救急部に入院し抗生剤治療を開始。
入院後経過:
 意識障害が遷延するため3月23日午前、神経内科にコンサルトあり。
 頭部 MRI を施行すると、DWI 画像で脳梁膨大部と膝部に高信号変化を認めた。画像所見から感染性の脳症、ADEM を考慮し、ステロイドパルス療法を施行したが効果を認めなかった。
 3月24日、採血で甲状腺ホルモンの著明高値と TSH の低下、Tg 抗体・TPO 抗体の高値を認めた。検査結果と臨床所見から甲状腺クリーゼと診断。内分泌内科にコンサルトし治療を始め、ただちに意識状態は改善傾向となった。
 ところが6病日、不穏となり左上下肢の麻痺や痙攣が出現し、再度神経内科コンサルトされた。頭部 MRI・DWI 画像で右前頭葉〜頭頂葉に高信号域を認め、MRV では右上大脳静脈が描出されなかった。画像所見より、右上大脳静脈血栓症とそれに伴う症候性てんかんと診断。抗凝固薬と抗てんかん薬で症状は軽快し、24病日後遺症なく独歩退院した。
考察:
 甲状腺クリーゼは Basedow 病の最も重篤な合併症の一つで、死亡率が20〜30%と高い。誘因は感染症が最多で、本症例も感染が契機と考えられたが、感染源は不明であった。
 MRI・DWI 画像で脳梁膨大部に高信号を呈す病態(MERS)は、脳炎や低血糖などで認めるが、甲状腺中毒性脳症においても報告があり本症例の画像所見は類似していた。
 甲状腺疾患での脳静脈血栓症の合併は稀であるが、甲状腺機能亢進症では第[因子活性が上昇し、血栓症のリスクが上昇するとされる。本症例でも凝固能の亢進を認め、血栓症のハイリスクであったと考えられた。
 経時的に異なる病態の意識障害を呈し、それぞれに特徴的な画像所見が診断に至る一助となった。

「早期の再発と急激な進行を示した大腸神経内分泌細胞癌の一例」松田リラ(立川綜合病院)

 大腸癌の術後に対する化学療法を適切に行った際には生存期間は平均30か月を超えるとされている。今回、進行大腸癌の術後早期に肝転移再発を来たし、急速に進行し、通常の大腸癌化学療法に抵抗性で、発症から1年5か月で亡くなった神経内分泌細胞癌の一例を報告する。
 症例は70歳、男性。息切れと貧血の精査にて、下部内視鏡で上行結腸癌を指摘され、右半結腸切除術を行った。術後病理にて、中分化から低分化型腺癌、stage III a の診断となり、術後補助として大腸癌に対する標準的化学療法を施行した。2次治療まで施行したが、血中 CEA 値の上昇と、肝転移と副腎転移の出現と増大が見られ、大腸癌に対する化学療法に反応を示さなかった。手術時の病理報告では低分化型腺癌の一部は神経内分泌腫瘍(NET)のマーカーが陽性を示していると報告があった。しかし WHO の現行の診断基準では粘膜内で腺癌が陽性を示している部分が30%以上の場合に混合型腺神経内分泌腫瘍(MANEC)と診断されるのだが、術後の病理検査では30%には満たさなかった為に報告をしていなかった、との記載も見られた。これらを踏まえ、再発と転移巣は神経内分泌細胞癌(NEC)の成分の可能性が高いと考え、3次治療として NEC に対する化学療法(CPT11/CDDP)を選択し、血中 NSE 値の測定も開始。一時的に NSE 値の低下を認めたが血中 CEA 値の再上昇を認めた。腺癌部分の再発を考慮し4次治療に腺癌に対する化学療法を施行した。しかし4次治療後の腹部単純CT検査では、肝転移の増大と副腎転移の増大が認められた。血中NSE値も急上昇し5次治療では再度 NEC に対する化学療法(AMR)を選択したが、全身状態も悪く、入院後2週間ほどで永眠された。
 手術時の病理標本を用いて Ki-67 という細胞核分裂増殖能を示す染色を実施した。(図1)結果は 62%であり、20%以上で NEC の確定診断がつくという規定を満たしていた。また血管侵襲が強く、血管内に腫瘍塞栓する状態も見られた。顕微鏡下でも血管壁の破壊浸潤を認めたが、リンパ管やリンパ節には転移を認められなかった。そこで細胞接着因子 integrin β1の介在を疑い染色を施行した。(図2)結果、強く発現し、静脈内皮細胞に接着しており、血管侵襲を強くした一因と考えた。
 本症例では急速に進行し、治癒には至らなかった。大腸神経内分泌細胞癌の一例を経験して報告した。

「胃切除後亜鉛製剤投与により銅欠乏性貧血とミエロパチーを呈したALSの一例」佐藤眞帆(長岡中央綜合病院)

 胃切除後、経腸栄養管理、亜鉛製剤投与中の ALS 患者に血液障害としびれが生じた。血液障害が先行したのち亜急性に神経症状が出現した。症状はミエロパチーが主体であった。SEP で潜時の短縮が確認され、脊髄 MRI でも、銅欠乏性ミエロパチーとして矛盾しないと思われる所見がある。銅欠乏症は、原因としては上部消化管手術、亜鉛過剰、吸収不全、長期経管栄養などが挙げられている。本症例は胃摘出と亜鉛投与、また、発症20年目の ALS 患者であり、経管栄養の三要素が重なったことが原因と考えられる。亜鉛と銅は拮抗関係にあること、長期経管栄養では微量元素の欠乏などが起こりやすく、銅、亜鉛の定期チェック、投与量の見直しなどが必要であることを学んだ。この点に十分認識していなかったことを反省する。

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老いては益々壮なるべし、老年医学の目指すところ〜その7  田村康二(老人保健施設ぶんすい)

7部「セックスすれば健康寿命はのびる」の続き
 大学の定年退職後、専業農家に相当する専業医師から兼業農家にあたる兼業医師に転向することにきめた。自分が真に有能ならばマルチであることを立証することではないかと思ったからでもある。医学博士と文学博士の二足の草鞋に転向しようと考えたのである。幸い当時の立川晴一理事長は「二足で結構です。私と同じく絵画でも楽しみませんか」ということで、立川綜合病院に就職した。以来文学博士までには至らないが、並みの文学士の年俸位の印税は毎年得てきている。
 「生涯常勤で働いています。しかし最近調子が今一なので」と歳の81男性が訪れた。その結果、「別に異常はありません」と太鼓判を押した。すると「最近アッチに少し衰えを感じてきたので、ソッチに効くという薬をだしてもらえませんか?」と云う。「老いてますます壮となれる贅沢な時代になってきましたね」とは、診察医の率直な感想であった。

1.アッチにもコッチにも効く性の妙薬
医師:再診ですが、薬(レビトラ)の効果はどうでしたか?
患者:ありがたい薬です。年寄の面目がたっています。
医師:そりゃ結構ですね。
患者:実はあの薬をのむと小便がスムーズにでますし、尿漏れがなくなったんです。セックスよりもこの効果の方がありがたいのです。

 PDE5阻害薬:ホスホジエステラーゼ5阻害薬とは、バイアグラ、レビトラ、シアリスに代表されるED/勃起不全治療薬であり、基本的にはインポテンツの治療を主体とする製剤である。しかし、昨今はこのPDE5阻害薬の持つED/勃起不全を改善させる以外の、良い副次的効果が注目を浴びている。PDE5阻害薬による下部尿路症状の改善効果はPDE5阻害薬のそんな良い副次的効果の一つである。そこでアッチにもコッチにも効く薬はますます男にはありがたい。PDE5阻害薬のゾロはアメリカでは1錠1ドルになるらしい。日本のゾロは不当に高すぎる。

2.セックスは生なり
 そうだ、愛とはこれだったのだ。尻のあわただしい動き、そして哀れで取るに足らないしっぽり濡れたちいさなペニスがしぼむこと。これが神の思し召しにかなう愛なのだ(DH・ロレンス、チャタレー夫人の恋人)。
 「汝、姦淫することなかれ」とは有名なモーゼの十戒の1つである。ネボ山(Mount Nebo)はヨルダン西部に位置している。かなり前になるが、山頂に登ってみたら、死海を含めて聖地の全景を眺められる見事な展望の場所であった。ちなみに山頂の売店でそこでとれた貝の化石を売っていた。1個1ドルであり、私の机の上にころがっている。その昔ここも海底だったのだろう。このネボ山は、神がイスラエルの民に与えられた約束の地をヘブライ人の預言者モーゼに眺望させた場所とされる。キリスト教の伝承によれば、モーゼは歳で亡くなり神によってこの山120に埋葬された。キリスト教徒が多いアメリカ人の恋愛感は日本人にとっては意外に古めかしく誨淫することは少ない。不倫や未婚の男女のセックスを禁止する州法は、米国の州32でまだ存在しているのである。
 一方釈迦も五戒のなかで「私は夫婦以外の性的関係を持ちません(不邪淫戒)」と戒めているのである。しかし日本ではセックスに対する道徳観や貞操感は歴史的にもなはだ希薄である。日本でセックスという便利な英語が一般につかわれるようになったのは、最近のことのようだ。セックス無しには、会話も文も弾まない。しかしここでは控えておこう(「歴史は sex で造られる(The alarming history of sex)リチャードゴードン著・倉俣トーマス旭・小林武夫訳)。
 年寄のセックスについての研究は、日本では未だに不十分である。性に関する医学的調査は、主に生殖年齢あたりまでの問題を扱ってきたからだ。人はどれくらい性交するのか?札幌医科大学の熊本悦明名誉教授らの成績にもとづく調査(別表)がある。ここでは単に男女年齢別の性回数のみに留める表だが、御自分の実績と該当年齢を表と対比してみてはどうですか? “How is your sexlife?”と聞いた方が、“How are you?” と当たり障りなく尋ねるよりも医師らしい問いかけだというアメリカの医師もいるそうだ。日本の最近の調査では、歳代の男性半数と70女性の3分1以上は“現役”であるという。なんとも頼もしい年寄達だろう(!?)。
 性交には、生殖、快楽、そして両性の連帯などの意味がある。近年高齢者の生き方に性交を含むQOLが問われるようになってきている。だから「性は生なり」ともいう。当然、性はQOL向上のために不可欠な行為である。高齢者では性交は生きる喜び(快楽の性)、生きがい(快楽・連帯の性)、生きる証(あかし=連帯の性)でもある。だが社会の現実は、依然として「性のことを口にするのははしたない」「老いれば性は枯れるもの」との風潮が根強い。それ故に日本では、特に高齢者のセックスは未だに秘め事であり医学的研究は十分ではない。

Aの妻:先生、主人にセックスしないように言って貰えませんか。心筋梗塞を起こした2回ともあのあとのことでしたから。
医師:セックスは必ずしも心筋梗塞後には禁止すべきことでもないのです。A:これは男としては抑えがたいことでして……。

 バイアグラは勃起不全に有効な薬剤である。厚生省はこの薬の併用禁忌による副作用死(薬害)抑止という奇妙な観点から、日本国内での臨床試験を例外的に実施せず、米国の承認データを用いるスピード審査を敢行した。1999年(平成11年)1月25日に製造承認、3月23日よりファイザーから医療機関向けに販売された。この理由1つには、治験をするに足る国内での勃起不全の実態が不明であったからであった。
 高齢者のセックスは心と体の健康維持に役立つとの調査結果が出ている。米国の男女3005人への調査によると、57−64歳の73%、65−74歳の53%、75−85歳の26%がセックスに積極的であることが判明した(NEWENGLAND JOURNAL OF MEDICINE, 2007, 357: 762−747. A Study of Sexuality and Health among Older Adults in the United States)。50代以降でもこんなにセックスがお盛んなのには驚きである。

資産家の80歳のA「こちらが新婚の家内です」とゴルフ仲間に得意げに紹介した。
友人B「あんな若い美人をどうやって手にいれたの? 歳のさばをよんで70歳とでも言ったの」と囁いた。
A「いやなに、90歳だと言ったら、即OKしてくれたんだ」。

 日本人の恋愛結婚についての或るアメリカ人社会学者の報告では、日本の男は女に惚れるが女の多くは男に惚れないで男の財布に惚れるのだとしている。だから八百屋お七の物語に人気があるのだという。江戸時代の江戸本郷駒込の八百屋の娘。天和2(1682)年12月江戸の大火で円乗寺に避難の際、寺小姓山田佐兵衛と情を通じ、再会を願うあまり放火したという。例外的に女性が男性に惚れぬいたお芝居なのである。これがアメリカ人の恋愛とは違うと説明している。だから今や歳の差婚などは、珍しくない。資産さえあれば、年寄の男は幾つになっても幸せになれるのだ。金を稼げない男なぞ、日本の女は歯牙にもかけないのだ。
 日本ではいまだに高齢者と性は好奇の視線から時折週刊誌などで特集として組まれたりしている。週刊実話などと言うきわどい雑誌に、私は今も時々寄稿を頼まれたりしている。セックスの問題に触れることがタブー視されている一方、セックスは高齢者にとっても重要な活動であり脳を若々しく保つ効果があるという研究が最近続々と発表され、高齢者のセックスの健康長寿への新しい評価が与えられている。パートナーがいても不平不満である高齢者もいる。挙句の果ては高齢者離婚ともなろう。しかし一般的にパートナーがいた方がセックスを含めて幸せであり、パートナーがいれば、一人暮らしの高齢者に起こりやすい孤立を防ぐことができる。
 カナダ公衆衛生省高齢者支援局のサイトには、「ある調査では、週3回のセックスは老化を遅らせ、目の周りのしわ防止に効果的だと示唆している」と書かれている。また、男性がオルガズムに達する頻度と死亡リスク(死亡率)の間には、非常に関係があり、平均週2回オルガズムに達している男性は月1回の男性より死亡リスクが約50%低いという成績がある(前出“Health Benefits of Sex” Examiner. Com. より)。
 ちなみに医学雑誌にでていたセックスを良くする7っの食品を紹介しよう。(1)たまねぎ:テストステロンを増すのでリビドを増やす。(2)にんにく:含まれているアリシンはテストステロンを増やす。(3)とうがらし:カプサイシンが血流を改善して勃起を助ける。(4)ナツメヤシの実:アミノ酸の含量が多い。(5)いちじく:ナツメヤシと同じくアミノ酸が多い。(6)ベリー:テストステロンを増やす。(7)魚:オメガ・3脂肪酸が多い。これがドパミンを増やして性的な興奮を与えるそうだ。参考になるだろうか。(つづく)

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蛍の瓦版〜19   理事 児玉伸子(こしじ医院)

 2回お休みを頂戴しました蛍の瓦版も、足かけ3年となりました。今年も医師会関連の話題について少しづつご紹介してゆく所存です。

1.フェニックスネット(在宅医療連携システム)
 昨秋から長岡版 ICT(Information and Communication Technology)であるフェニックスネットの本格運用が始まっています。現在市内12か所の訪問看護ステーションが参加し、そこから延べ2180名の方が登録されています。また登録医療機関も22と漸増し、登録者数も延べ232名となっています。
 訪問看護ステーションでは、日々の看護記録と月末のレセプト請求にこのシステムを活用しています。診療所側は、訪問看護の看護記録をチェックすることで、患者さんの状況確認が容易に行えます。
 また診療所がフェニックスネットに参加すると、LINEの機能を持つアルム社のアプリ“JOIN”が無料で使用できます。これを利用すると、LINE同様に各個人が容易に連絡を取り合うことができます。名古屋市医師会や長岡の訪問看護ステーションは既に利用を開始し重宝しているそうです。
 長岡市は、2年前からフェニックスネットに先行して栃尾と越路・小国の両地区で、医療と介護の連携を目的としたモデル事業を行ってきました。この事業で使用されたソフトが今回フェニックスネットで使用しているアルム社製のTEAMです。モデル事業は今年の3月で終了し、貸与されたタブレットはそのまま事業所で活用され、後日フェニックスネットに組み込まれます。
 さらに今後は、救急現場での活用が検討されています。昨年3月号でも紹介しましたが、長岡地区の救急医療は3病院の輪番制に拠って支えられています。そのため現場では、全く情報のない患者さんに対処するケースが少なからずあり、その対応に苦慮されています。そこで、救急現場でもフェニックスネットに登録された情報を活用できるようにすることを目指しています。
 また平成28年度から新たに長岡歯科医師会と長岡市薬剤師会がフェニックスネットへの参加を表明し、ケアマネ協議会が参加を検討しています。このように多職種が様々な場面でフェニックスネットを活用するためには、情報管理や個人情報保護に関するいくつかの問題点を解決することが必要です。現在長岡市医師会では、長岡市や訪問看護ステーション連絡会とともに立ち上げた「長岡在宅フェニックスネット協議会」において、様々な協議を重ねています。

2.小・中学校の健康診断
 28年度から児童生徒の健康診断が改定されました。座高と寄生虫卵の有無の検査が必須項目から外され、四肢の状態(いわゆる運動器検診)が必須項目とされました。長岡市では26・27年度はいずれも寄生虫卵の検出例が無く、今年度からは実施しないこととなりました。
運動器検診(四肢の状態の検査)
 保健調査票に次の6項目が追加されます。運動器検診は全国で全学年を対象に行われます。
・背骨が曲がっている
・腰を曲げたり反らしたりすると痛みがある
・腕や脚を動かすと痛みがある
・腕や脚の動きの悪いところがある
・片脚立ちが5秒以上出来ない
・しゃがみ込みができない
 これらの項目に異状が認められると学校医が判断した場合は、通常の検診結果と同様に、保護者へ通知され整形外科の受診が勧められます。担当される先生方におかれましては、検診後の受診は病院を避け、まず整形外科の診療所を受診するようご指導下さい。教育委員会の学務課に対しても同様のお願いを行っておりますが、事後措置が円滑に進められるように、ご協力をお願いします。
胃がんリスク検診
 長岡市は独自に、来年度から中学2年生を対象とした胃がんリスク検診を開始します。胃粘膜の萎縮が発生する以前にピロリ菌の除菌を行い、胃粘膜の健康を守ることを目的に、今後継続して行われる予定です。
 現在中学2年生では貧血等の検診のために採血が行われており、併せてABC胃がんリスク検診を行います。偽A群の混入を防ぐため、大人より厳しい基準を設け陽性と偽陰性の判定を行ないます。偽陰性の二次検診と、除菌は三病院に限定して行われ、保険診療の対象外となります。

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巻末エッセイ〜白い花で黄連とは 郡司哲己(長岡中央綜合病院)

 長岡市の雪国植物園は、春分の日前後の三連休初日の3月19日に今年度の営業を再開しました。今春でもう開業20年になるそうです。3月20日(春分の日)に家人と野遊びに出かけました。自分の趣味たる俳句の季語では、草萌の道や野なら「青き踏む」なんて言いますが、昨夜から小雨が上がったばかりの小径はまだ濡れ土色の「春泥」の道でした。
 雪解けしたばかりの里山の斜面に咲く早春の花々。雪割草と総称され多彩な花色のミスミソウとは別に、白い小さな可憐な花がたくさん咲いていました。

「なんだろうね、あのショウジョウバカマのちびちゃんみたいな花の名前は?」……家人は入園でもらった花のパンフの写真と見比べています。
「きっとこのオウレンだわね。」
「これ、これ。かわいい花だね。」

 オウレン、家人もわたしも今回の植物園への訪問で初めて知った名前でした。さっそく帰宅してからネット検索すると、意外な医療関連の事実も判明したのでありました。
 オウレン、漢字では黄連、または黄蓮。キンポウゲ科の植物。国内に広く自生する多年草。草丈は10〜20p、早春に1cmほどの白い小花を花茎の先端に数個咲かせます。
 ところで白い花なのに名前はなぜ黄連なんでしょうか。
 その由来は花ではなく、この植物の根の断面が鮮やかな黄色だから。太い地下茎が伸び髭根がつくが、その髭根を除き、乾燥させた根茎を薬用とします。黄色い根が連なるので漢方生薬で黄連と呼ばれ、めずらしくもそのまま花の名とされます。黄蓮とも表記するらしく、蓮ははすの意味、中国の別種名だったが黄色の太い根茎を蓮根にたとえての命名とされます。(出典はWEBの「語源由来辞典」)
 そうです、あの有名な漢方薬「黄連解毒湯」の主成分なのでした。薬効は高血圧、鼻出血、不眠症、アトピー性皮膚炎、腹痛や下痢、嘔吐などに。なおなぜか二日酔の予防に、飲酒の前の服用で悪酔しないそう。解毒湯なんて、名前が効きそうだからですかね。わたしは酒は嗜むが、外で深酒はしないので……品行方正ゆえでなく、すぐ眠くなるため…自分で試した経験はないのですが。
 さて今回は早春の見知らぬ山野草の花に雪国植物園で遭遇して、名前を調べる中で、有名な漢方生薬についての学習の機会に恵まれました。
 ところで先日、似たような事例がありました。我が家の庭のグランドカバーのひとつ、リュウノヒゲ(竜の髭)という細い葉が伸びて絡むことで命名された植物です。この花は平凡に白いのですが、その実たるやラピスラズリに近い深青色で、竜の玉(冬の季語)と呼ばれます。地表の緑の葉の中にこれを見つけると美しい異世界からの宝石のようです。
 お気に入りの俳句もあります。
 ここでご紹介する村越化石は、青年期に発病したハンセン病を宿痾として闘病の境涯を送り、失明しながらも珠玉の句を残した俳人です。

生ひ立ちは誰も健やか竜の玉  村越 化石

 年頭に某漢方メーカーの一月のカレンダーで、この竜の玉とリュウノヒゲの写真と生薬の解説を見て、びっくりでした。このリュウノヒゲ、その太い根は生薬で、最近呼吸器内科でもその評価が急上昇中の咳、喘息に使用する漢方「麦門冬湯」の主な成分なのでした。自分のおなじみの草木とおなじみの薬剤の意外な関係の発見でありました。

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