長岡市医師会たより No.456 2018.3


もくじ

 表紙絵 「バラ」 故 江部恒夫
 「緊急被ばく医療ポケットブック 緊急コピーの思い出」 西村義孝
 「祖父の絵」 江部佑輔(江部医院)
 「蛍の瓦版〜その40」 理事 児玉伸子(こしじ医院)
 「第10回中越臨床研修医研究会
 「巻末エッセイ〜一生に一度の高価な買い物」 星榮一



「バラ」 故 江部恒夫


「緊急被ばく医療ポケットブック」緊急コピーの思い出 西村義孝

 東日本大震災からもう7年になる。2011年3月11日の地震発生の翌日には、福島第一原発の避難指示対象を半径10キロから20キロに拡大したと報道された。
 間もなく長岡にも避難者が到着するのではないかと考え、手持ちの緊急被ばく関係の資料を検討した。その結果「原子力安全研究協会の2005年3月発行の緊急被ばく医療ポケットブック」が最新のものと分かった。丁度6年前のものであるので、長岡市医師会にはこれの改訂版もしくは別の新しいものが有るかもしれないと訪れて確かめることとした。しかしこの本を研修会で受領するとき REMNET によるPDFファイルも用意されていると聞いていたので自宅で試し、地震発生の約1年半前の2009年12月一部改訂版を通読することが出来たが、まさに一部改訂であって担当役所の変更程度であった。このファイルは163頁のA4カラー版であり私の印刷機には荷が重く印刷はしなかった。
 3月16日に医師会を訪れたところ、「いい時に来てくれました。今日福島の避難者から、医師会で安定ヨウ素剤を貰えるかと問い合わせがあり、安定ヨウ素剤投与は行政が行うもので医師会は関係しないと思うと答えたがこれでよかったでしょうか?」と事務の広田さんから声をかけられた。「今日は医師会に緊急被ばく医療の新しい資料がないかと、調べに来たのですが、私が今持っている資料の一つ(緊急被ばく医療の基礎知識、2000年10月1日増刷、放射線事故医療研究会)にはヨウ素投与は原発立地自治体が準備すると書いてあるのでその通りです。」と返事をして安心してもらった。(現在もその通りである。また緊急被ばく医療ポケットブックからは避難の終わった人には不要と読める記載がある。)
 さてその時の医師会への訪問目的は、福島からの避難が始まっているが医師会に最近の緊急被ばく関係の資料があるだろうかである。置いてないとのことであったので、差し出がましいが差し当たり原子力安全研究協会の2009年12月発行の緊急被ばく医療ポケットブックPDFファイルを少量用意しておいたらと提案した。広田さんは事務長さんと相談し、まず医師会のPCでPDFファイルをダウンロード印刷しておき、資料を必要とする医師会員があればA4版又はポケット版のコピー配布ができるようにしておくこととなった。
 この緊急に用意した緊急被ばく医療ポケットブックが長岡市医師会員にとって7年前の福島原発避難者医療に役に立ったかは不明である(当時悠遊健康村病院の田村康二先生からは感謝のお言葉を頂いている)。不要であったとすれば、当時の福島原発避難者は医療を要する被ばくはなく、不幸の中でもラッキーであったからと思う。それはそれとして緊急事態発生時に長岡市医師会では緊急被ばく医療の資料を準備したことを記録しておきたいと考えている。また緊急被ばく事案発生5日後も原子力安全研究協会の REMNET が有効に利用できたことも記録しておきたい(併せて研修会で教えてもらった24時間相談対応の携帯電話の有効利用も試してみたかったがこれはお邪魔になると遠慮した)。
 これで話は終わりであるが、ここで私が緊急被ばく医療において指針にこだわる考え方を述べておきたい。緊急被ばくの被害及び治療についてはまだ分からないことも多く、現在考えられる最善の方式として、国が責任を取るからこの指針でやってくれということであると受け取っている。その点からしては当時用意した緊急被ばく医療ポケットブックが私の手もちの資料の中では最新であり、医療についての内容も濃厚なものであったと考えている。
 余談であるが、私は緊急被ばく医療については長岡藩牧野家の家訓のように「常在戦場」であらねばならぬと考えている。それは我々が原発立地直近に居住しているからではなく、下記の事案から原子炉を搭載している軍事偵察衛星の墜落事故もあることを知ったからである。このことは私が昔長岡赤十字病院に勤務していて、1983年1月初旬原子炉を搭載しているソ連軍事衛星コスモス1402が長岡に墜落する可能性が否定できないので、対策について研究せよとの院長指示により緊急に調査した時の思い出からである。この時は直ぐには資料が集まらず、新潟大学の友人等から資料を頂き、またカナダに墜落した1978年のコスモス954の事例を調査しながら1月下旬の衛星本体のインド洋への墜落で話は終わった。
 この様な経過を経て私は緊急被ばく医療の研修会には毎回出席し、7年前の「緊急被ばく医療ポケットブック」緊急コピー事案に繋がった。緊急被ばく医療は奥深いもので、1冊のポケットブックで解決できるものではない。それを知ってか知らずか、医師会にコピーをお願いしたことを恥かしく思っている。
 私は当時長岡市医師会からポケット版のコピーを頂戴して、表紙を自製して記念に保存している。また長岡市医師会 でREMNET からダウンロードしたPDFファイルも頂戴し、それには “http://www.remnet.jp/以下略2011/03/16” と印刷されていて当時を思い出させてくれている。

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祖父の絵   江部佑輔(江部医院)

 私が子供のころ、祖父はよく庭から摘んできた草花を実体顕微鏡で観察しながらスケッチを描いていました。
 「私は花が好きです。デッサンの勉強のつもりで、昨秋から花の写生を始めた」。
 祖父の随筆『花に想う』では、祖父の花への愛着とともに、描画への思いを知ることができます。弟の丸山正三は画家としても有名ですが、その才能を早々に見出していたのが幼少期に絵画の手ほどきをした祖父でした。祖父は従軍医として出征してから、帰国後しばらく絵を描くことはなかったそうですが、昭和31年にその強い思いから3か月ほど絵の勉強のためパリで過ごしました。帰国後の祖父は、平成16年6月に98歳で他界するまでの間、数多くの油絵、水彩の作品を残しました。職業画家ではなかったため、その作品の多くはいまだに我が家に残っています。
 没後15年近く経つ今年、ある方から祖父の遺作展を行いませんかとの提案をいただきました。私も祖父の作品をこのまま我が家の納戸で眠らせておくのは勿体ないと思っていたところでしたので、父と相談の上、今年5月6日から8日間の日程で CoCoLo 長岡2階にて展覧会を開催することとしました。祖父は特にどの団体にも所属することなく、自由に自身の思い出、風景、植物、静物や人物などを描いてきました。その作品を多くの皆さんに楽しんでいただければ幸いです

  「医師 江部恒夫絵画遺作展」

期間:平成30年5月6日(日)〜5月13日(日)

時間:午前10時〜午後6時(最終日は午後5時まで)

場所:駅ビル CoCoLo 長岡 2階 イベントホール

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蛍の瓦版〜その40   理事 児玉伸子(こしじ医院)

 介護保険

 多職種を紹介してきましたが、その基本となる介護保険法について、簡単にまとめてみました。

 経緯
 我が国の高齢者福祉政策の始まりは、昭和38年に制定された“老人福祉法”で、当時の高齢化率は5.7%でした。昭和48年には70歳以上の老人の医療費は無料化され、老人医療費が増大してゆきました。昭和57年から老人医療費の一部負担金が導入されましたが、介護負担増からの社会的入院等が問題となってきました。
 そこで介護を医療から分離し在宅福祉の推進を目的に、平成元年のゴールドプランと平成6年の新ゴールドプランが策定されています。その後在宅介護の充実を目的とした“介護保険法”が平成9年に成立し、12年から運用されました。なお平成20年より、75歳以上の高齢者の医療保険は“後期高齢者医療制度”へ移行しています。

 社会保険方式
 介護保険は、加入者が保険料を拠出し、状況に応じて給付を受ける社会保険方式によって運営されています。以前の老人福祉法は、一部負担金以外の全てを税金で賄う税方式でした。
 介護保険の加入者は40歳以上の国民で、65歳以上を第1号被保険者とし、40歳から64歳までは第2号被保険者としてそれぞれ収入に応じて保険料を納めます。徴収された保険料と同等の金額を国・都道府県・市町村が税金から拠出し、利用者の個人負担分を除いた介護保険の経費を全て賄っています。
 65歳以上の第1号被保険者の方が介護を必要とする状況になると、原因疾患等に係わらず、介護保険の利用が可能となります。40歳以上65歳未満の第2号被保険者は特定の疾患に限り介護保険が利用可能で、それ以外の原因の方や40歳未満の方は“障害者総合支援法”の対象となります。

 要介護認定
 介護保険サービスの利用に際し、7段階に区分された介護認定(要支援1・2、要介護1〜5)を受ける必要があります。介護度は、原因疾患に関係なく必要な介護量の多寡によって決定されます。調査員からの調査票と主治医の意見書を基に、介護認定のためのソフトを用いて介護量を点数化して一次判定を行い、介護認定審査会で審査し二次判定されます。
 介護保険では、医療保険と異なり、認定された介護度に拠って利用できるサービスの総額や内容が規定されています。利用者は、限度額内は1割(高所得者は2割)負担で利用可能ですが、超過分は10割の負担となります。

 介護保険サービス
 介護保険のサービスは大きく施設系と居宅系と地域密着系サービスに分類され、医療依存度に拠っても医療系と介護系へ分類されています。
 施設系はいわゆる長期入所施設で医療依存度によって介護療養型医療施設・介護老人保健施設(老健)・介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)の3種があります。現在は介護保険の全利用額の35%を占めていますが、その比率は減少しています。
 在宅の要介護者を対象とした居宅系のサービスには、訪問・通所・短期入所があります。訪問には訪問介護(ヘルパー)・訪問看護・訪問リハビリテーション・訪問入浴があり、通所では通所介護(デイサービス)・通所リハビリテーション(デイケア)、さらに短期入所(ショートステイ)があります。これら居宅系や施設系のサービスは、都道府県や政令指定都市が許認可や監督を行っています。
 平成18年より新たに区分けされた“地域密着系サービス”は、介護負担の大きい中重度の要介護者や認知症患者を対象としたものです。地域の実状に即してきめ細かく対応できるように、市町村が指定監督を行うもので厚労省はその普及に努めています。認知症対応型共同生活(グループホーム)や小規模多機能型居宅介護、夜間対応型・定期巡回型の訪問介護等があり、こぶし園の前施設長故小山剛さんが推進されていたサービス形態です。

 ケアマネージャー(ケアマネ)
 介護保険は、前述したように多種のサービスがあり、居住地域によって利用可能なサービスは異なってきます。そこから、介護度によって規定された限度額内で、利用者本人や家族が希望するサービスを組み合わせてゆくことは大変な労力です。
 この作業を代行するのがケアマネです。ケアマネは利用者宅を訪問して状況を把握しサービス利用の予定を立てるだけでなく、サービス間の調整も行います。そしてサービスの実施状況を、介護保険の給付管理を行う保険者である国保連(国民健康保険団体連合会)へ報告します。

 給付
 介護保険ではサービス提供者に株式会社等の営利企業の参入も認めています。そのため医療保険以上に、サービスごとの施設や人員配置の基準および実施時間等が細かく規定されています。
 介護保険でも医療保険同様に、サービス提供者は、国が定めた金額のうち利用者から1割(2割)を徴収し、残りの9割(8割)を国保連へ請求します。国保連ではケアマネからのサービスの実施報告と照合してから支給を行います。
 昨年度の国民総医療費は40兆円超えだったのに対し、介護保険の総額は10兆円規模でした。しかし、医療費には20%強の薬剤費や高価な医療機器の価格も含まれていますが、介護保険の大半は人件費です。介護報酬は3年に一度改定され、今年は介護と医療の同時改定の年です。
(ケアマネについては多職種紹介として別途に後日ご紹介します。)

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第10回中越臨床研修医研究会

 平成30年2月1日(木)18時45分〜 ホテルニューオータニ長岡

大細胞神経内分泌癌と腺癌領域が内視鏡で認識しえた胃MANECの1例  長岡赤十字病院 小関洋平

 消化管の内分泌細胞癌は腺癌成分が併存することがあり、その両者が30%以上混在する癌が、腺内分泌細胞癌(mixed adenoneuroendocrine carcinoma(MA-NEC))とされる。今回、我々は胃に発生した MA-NEC を内視鏡的切除し得た症例を経験したので報告する。
 症例は80歳代男性。胃体中部後壁の出血性潰瘍の経過観察のため上部内視鏡検査を施行した。胃角大弯に、びらん性病変を指摘し、生検にて中分化型管状腺癌の診断となった。分化型の粘膜内癌と診断し、胃粘膜下層剥離術(ESD)を施行した。ESD 時の内視鏡観察では、前回指摘されたびらんは拡大しており、びらんに連続するように退色調の領域が認められた。NBI 拡大観察では、びらん面には粘液の付着を認め、その直下の粘膜構造は無構造で、密度の高い微小血管構造を呈していた。一方、退色調の領域は不整な乳頭状構造を呈しており、びらん部に比べ、密度の低い微小血管像であった。病理組織学的所見では、びらん部には好酸性細胞質を有する大型の腫瘍細胞が胞巣状に増生しており、神経内分泌マーカー(chromogranin A, synaptophysin)が陽性であることから、Large cell neuroendocrine carcinoma の所見であった。一方、退色調の領域は不整腺管を構成する腫瘍細胞を認め、神経内分泌マーカーは陰性であり、高分化型管状腺癌の所見であった。内分泌癌の成分が約70%の領域を占め、高分化型腺癌は約30%を占めていたことから MA-NEC(SM 2(1750μm),ly0,v+,HM(−),VM(−))と診断した。胃の MANEC は全胃癌の 0.1 − 0.4%といわれており、まれな疾患である。また、早期で発見され、ESD にて切除された症例は本邦では1例のみであった。本症例は内分泌癌領域と腺癌領域を内視鏡的に同定しえたものであり、その組織学的所見が内視鏡像に反映された1例と考えた。

下大静脈腫瘍栓(IVC-TT)及び遠隔転移を伴う巨大肝細胞癌に対して集学的治療を施行した1例  長岡中央綜合病院 夏井一輝

【症例】74歳、男性。糖尿病の治療中であり、2年前には脂肪肝と診断されていた。約1カ月前から食欲不振と右側腹部痛を自覚し、近医で肝機能異常の出現を指摘されて2017年6月に紹介受診した。dynamic CT で下大静脈腫瘍栓(IVC-TT)及び多発肺転移と骨転移を伴う肝右葉の13cm大の肝細胞癌を認め、ソラフェニブ400mgの先行投与を開始した上で治療目的に入院した。2017年7月に右肝静脈、A4 及び右下横隔動脈から Biano TAE を施行したところ、肝内腫癌の大部分が壊死したが中肝静脈から下大静脈に進展する腫瘍栓に対する効果は限定的であった。TAE の14日後から ICV-TT に限局して放射線照射(総線量50Gy)を開始。2017年8月に再度血管造影を施行し、IVC-TT の腫瘍血管として関与が認められた右肝動脈、左肝動脈、右下横隔動脈の全てに対して miriplatin 計120mgを用いて TACE を施行した。一連の治療に伴う有害事象は認められず、放射線照射終了時の CT において肝内病変は TE3、IVC-TT は TE4 の治療効果が得られた。
【考察】IVC-TT を伴う肝細胞癌は肺転移や肺塞栓症が高頻度に認められ予後は極めて不良であり、突然死のリスクもあるため oncologic emergency と捉えて迅速に対応すべきとされている。肝癌診療ガイドラインでは肝外転移を有する Child-Pugh 分類Aの症例に対しては全身化学療法が推奨されているが、本症例では IVC-TT の局所制御と横隔膜下に突出する原発巣の破裂防止が予後改善に寄与すると判断したため、ソラフェニブの投与に加えて TACE と放射線照射の併用を行った。ICV-TT に対する TACE の適応や成績は明らかではないものの奏功例における予後改善の報告が散見されており、動静脈短路を通過した塞栓物質や腫瘍栓の遊離による肺塞栓のリスクを十分考慮した上で、その適応を積極的に検討すべきと考えられる。
【結語】IVC-TT 及び遠隔転移を伴う巨大肝細胞癌に対する集学的治療が奏功している1例を経験した。TACE と放射線照射の併用による IVC-TT の局所制が QOL の改善に有効であったと考えられ、文献的報告を含めて報告する。

小脳梗塞を初発症状とし、多発血管閉塞症状を来した大動脈内膜肉腫の1例  長岡赤十字病院 勇亜衣子

【症例】65歳、女性。
【主訴】全身疼痛。
【現病歴】X−1年11月、左小脳梗塞を発症。同時期に右腕頭動脈の狭窄、左鎖骨下動脈の閉塞も指摘された。X年1月より前胸部主体の全身疼痛を自覚するようになり、1月18日前医に入院。画像上縦隔リンパ節腫脹、両側胸水、肝・脾実質内の多発性占拠性病変、多発骨融解病変を認めた。1月30日、確定診断目的に転院。入院時頻脈・頻呼吸・浮腫を認めた。検査所見は白血球増加と CRP 上昇、腫瘍マーカー正常、胸水は浸出性で腫瘍細胞を認めなかった。心電図は V1-V3 誘導で Q波。翌日心肺停止状態になり、蘇生に反応せず死亡した。
【病理解剖所見】甲状腺、両側肺、肝臓、脾臓、胃、肋骨・胸骨・椎体を中心に多発転移が認められた。大動脈弓から左右の冠動脈内膜を置換するように組織学的に内膜肉腫と考えられる腫瘍病変が下行大動脈まで連続しており、原発巣と考えられた(図)。左冠動脈が根幹で腫瘍血栓による閉塞をきたして急性心筋梗塞をきたしており、直接死因と診断された。
【考案】文献的には血管内膜肉腫は極めてまれな悪性軟部腫瘍であり、肺動脈や大動脈が主要な原発巣とされる。特異的な症状や検査所見はなく生前診断が困難とされるが、各血管の狭窄、閉塞に伴う虚血や臓器不全の症状が出現することもある。腫瘍増大、転移速度が早く、極めて予後が不良とされているが、外科的治療介入で生命予後延長の報告が少数ある。
【結語】本症例のように小脳梗塞、頚部血管閉塞、急性心筋梗塞など複数の動脈塞栓症状をきたす症例では、大動脈弓内膜肉腫を鑑別に挙げる必要がある。

多発肝転移で診断された5oの直腸原発神経内分泌腫瘍の1例  立川綜合病院 小山究太郎

【症例】74歳女性。X年10月健康診断時に腹部超音波検査で肝腫瘤を指摘されて近医を受診し、多発肝腫瘤を指摘された。12月に精査加療目的で当科を受診した。既往歴、家族歴、生活歴に特記事項なく、身体所見では明らかな異常は認めなかった。血液検査では生化学で γ-GTP 57U/l と腫瘍マーカーは NSE 17ng/ml と軽度上昇を認めた。造影CTを施行すると肝両葉に5mm以下〜5cm大の多発性(20個以上)の多血性腫瘍を認め、リンパ節転移、明らかな原発巣は指摘されなかった。造影MRIでは早期動脈相で一部が造影され、拡散強調画像では腫瘤は高信号を呈していた。上部下部消化管内視鏡検査を行ったところ下部直腸(Rb)5mm大の黄色調で中心陥凹を有する粘膜下腫瘍を認めた。原発巣である可能性も考えて診断治療目的で ESD を行った。腫瘍サイズ5×3mmで粘膜下層まで浸潤しており、HE染色では類円形の核と胞体を有する小型細胞の均一な増殖とロゼッタ構造の形成を認めた。免疫染色ではクロモグラニンとシナプトフィジンが陽性であり、Ki-67指数は10%、細胞分裂像は10個当たり平均2個で脈管浸潤を認めたためWHO分類で NET G2 と診断した。ソマトスタチン(オクトレオチド)30μgで治療を開始し、7か月の時点で効果判定は SD であった。
【考察】消化管NETは有病者6.42人/10万人で増加傾向にあり、これは内視鏡検査の増加と診断技術の進歩が寄与している。部位別には大腸・直腸が70.3%と最も多い。また、転移先はリンパ節と肝臓が多い。2005年に斎藤らが報告した論文では648例中3例が10mm以下で肝臓への転移を認めているが5mm以下の症例はなく、北川らの報告では1991−2009年の間に医学中央雑誌に報告された5mm以下の肝転移を伴うNETの症例はわずかに3例であった。大腸NETの転移予測因子には(1)腫瘍径と(2)深達度と(3)病理組織所見(核分裂像、Ki-67指数、脈管侵襲)が重要とされている。本症例は腫瘍径が5mmと小型で転移予測因子のリスクは比較的少ないにもかかわらず肝転移を来している稀な症例であった。
【結語】腫瘍径が5mm以下のNETも転移を来すことがあり、全身検索を行うときには注意深く観察を行う必要があると感じた。

頭部MRI所見から血管内リンパ腫症を疑い、腎生検で診断しえた1例  長岡赤十字病院 吉岡弘貴

【症例】87歳、女性
【主訴】呂律不良、起立困難
【現病歴】X年9月に呂律不良で近医に入院し、脳梗塞と診断された。10月から会話の遅さやふらつきを生じ、12月には認知機能低下が目立ち、歩行困難となった。頭部MRIで血管支配に一致しない多発性脳梗塞や白質病変、浮腫性病変を認め、血液検査では LDH と sIL-2R の上昇も認めたことから血管内リンパ腫(IVL)を疑い、腸骨骨髄生検と2回のランダム皮膚生検を行ったが確定診断に至らなかった。PDG-PET は安静が保てないため施行できず、体幹CT で両腎の腫脹を認めたため、体幹MRI(Whole-Bod yDiffusion-Weight MRI with background body signal suppression:DWIBS)を施行したところ、胸骨と腎臓に異常信号を認めた。胸骨骨髄穿刺と腎生検を施行し、腎組織で血管内大細胞型B型リンパ腫(IVLBCL)と診断され、血液内科に転科した。
【考察】IVLBCL は、中枢神経や皮膚に好発する稀な疾患である。中枢神経病変は、血管内腫瘍細胞浸潤による梗塞、壊死や浮腫により血管支配に一致しない多様な画像所見を呈する。IVL の診断には組織診断が必要で、ランダム皮膚生検が有用とされるが、診断が確定しない場合の病変検索に PDG-PE Tが有用とされる。本症例は、PDG-PET が施行できなかったが、DWIBS により腎病変が特定され、腎生検で確定診断を得られた一例である。

胃粘膜下腫瘍に対する腹腔鏡下胃局所切除−LECS,Crown法の経験を含めて  長岡中央綜合病院 山下裕美子

【はじめに】切除が必要な胃粘膜下腫瘍(以下 SMT)は、臓器機能温存を考慮した部分切除が推奨されており、当院では発育形式が管内発育型、部位が食道胃接合部付近のものに対して、胃変形を予防する目的で腹腔鏡内視鏡合同手術(以下 LECS)を行っている。また、潰瘍形成を伴う SMT に対して胃内容物の腹腔内漏出を防ぐため Crown 法を用いている。
【目的】SMT に対する腹腔鏡下手術の治療成績と、安全性と有用性について検討した。
【対象】2011年1月から2017年3月までの15例。
【結果】男性9例、女性6例、年齢中央値70歳(40〜84歳)、部位はU例、M例、L例。管内発育型10例中9例に LECS(うち2例 Crown法)を行い、LECS を行わなかった1例は Crown法を行った。管外発育型5例は腹腔鏡単独で行った。15例の手術時間中央値104分(69〜223分)、出血量5ml、術後在院日数中央値7日(4〜8日)。全例術後合併症は無かった。腫瘍の長径中央値35mm(17〜16mm)、最終診断はGIST11例、NETG11例、平滑筋系の腫瘍1例、その他2例。再発は無かった。
【考察】LECS は臓器機能を温存するために有用な術式であり、Crown法は潰瘍形成を伴う SMT に対する LECS の適応拡大の点から簡便かつ安全な方法と考えられた。

胸椎脊柱管内に発生し脊髄症状を呈した骨軟骨腫の1例  長岡中央綜合病院 久保田解

 骨軟骨腫は原発性骨腫瘍の中では発生頻度が最も多い良性腫瘍で、四肢長幹骨の骨幹端部に好発し、脊椎発生は稀である。今回胸椎に発生し脊髄症状を呈した骨軟骨腫の1例を経験したので報告する。症例は57歳の男性で、腰痛と歩行時の下肢脱力・膝折れを生じ、近位で胸椎病変を指摘され当院を受診した。第11胸椎上関節突起から発生し脊柱管内に向かう骨性の腫瘍を認め、麻痺が進行しているため椎弓切除術を行った。術後経過は良好で職場復帰した。病理診断は骨軟骨腫であった。

徐脈性心房細動に対しリードレスペースメーカーの植え込みを行った2例  立川綜合病院 高野世奈

 リードレスペースメーカーは世界最小のペースメーカーであり、ペースメーカー適応ClassTおよびUでVVI型ペーシングに適した患者が適応となる。本体を経カテーテル的に右心室に留置する。合併症としては心穿孔や塞栓症などが報告されている。2016年に発表された国際共同治験の報告では、選択理由としてペーシング率が低いことが予想される、患者が高齢である、鎖骨下静脈閉塞やシャントによる経鎖骨下静脈アプローチの制限などが挙げられた。当院にてリードレスペースメーカーの植え込みを行った2例を報告する。
【症例1】76歳男性
【主訴】動悸
【既往歴】AF、MVR術後フォロー目的に当院循環器内科通院中
【現病歴】AFに対しジゴキシン内服にてレートコントロールされていたが、2カ月前にジギタリス中毒・高度徐脈で当科入院し、内服中止となった。退院1カ月後の外来受診時に、心拍数144bpmのAFを認め、抗不整脈薬の再導入および徐脈防止のペースメーカー植え込み目的に入院となった。
【入院後経過】本症例は薬剤での頻脈のコントロールが難しいAFであり、VVIの適応であった。また補助目的の植え込みであり、作動率が低いことが予想されるため、リードレスペースメーカーが選択された。植込み翌日よりβ遮断薬が開始され、HR70台前後で自己脈中心に経過し、軽快退院した。
【症例2】79歳女性
【主訴】めまい
【既往歴】めまい症の診断で2度の入院歴あり
【現病歴】1カ月前に脳梗塞を発症し、前医に入院。モニターにて徐脈傾向を認めたためホルター心電図を施行したところ、PAF停止時に5秒以上の long pause を認めた。SSSに対する植え込み適応の ClassUa と判断され、ペースメーカー植え込み目的に当院へ転院した。
【入院後経過】本例はバックアップ目的の植え込みであり、VVIで十分と判断された。また脳梗塞後であり、早期リハビリ再開が望まれること、認知機能低下を考慮すると、植え込み後安静を保てないことが予想されたため、リードレスペースメーカーが選択された。植込み5日後のデバイスチェックにて問題なく、翌日リハビリ再開目的に紹介元の病院へ転院となった。

敗血症性肺塞栓症の一例  立川綜合病院 桑原佐知

 敗血症性肺塞栓は全身性感染症から、血流感染→肺塞栓症をきたす稀な疾患である。重症化すると致死的である一方、早期診断後に適切な抗菌薬の使用がされれば予後は悪くない。
【症例】55歳男性。高血圧以外に既往歴はない。X月25日に左側腹部痛が出現したが10分程で軽快したため様子を見ていた。X月27日、朝から再び左側腹部痛が出現し改善しなかったため救急要請した。救急隊到着、BP 221/121mmHg、症状からも大動脈解離が疑われ、当院救急外来到着時も症状は改善しなかった。バイタルサインは BT 38.6℃、BP(右)165/90mmHg,(左)161/88mmHg、SpO2 100%(O25L)であった。身体所見は左 coarse crackle を聴取した以外に特記事項はない。諸検査の結果、(1)血圧の左右差なし、(2)血液検査で心筋逸脱酵素および D-dimer 上昇なし、(3)12誘導心電図でST上昇なし、(4)胸部Xpで縦隔拡大所見なし、(5)心エコーで壁運動低下なし、弁に疣贅付着なし、(6)胸腹部造影CTで解離所見なしなどから急性冠症候群(ACS)や大動脈解離などの循環器疾患の可能性は低いと考えた。胸腹部CTからは下葉優位の肺炎像および胸膜炎と右下葉の胸膜から連続する中心が low density の結節影を認めた。よく話を伺ってみると、受診3日前に自己抜歯をしたとのことだった。本症例では高血圧以外に既往歴はなく、糖尿病や免疫不全状態でもないことから口腔内感染による敗血症性肺塞栓症と診断し入院加療とした。治療は TAZ/PIPC で開始し、血液検査で炎症反応改善を確認後に、第9病日に GRNX に変更した。また、入院中に歯科口腔外科を受診した結果、歯周炎多数、歯周病の高度進行、顎骨感染病変を認め、慢性的な口腔内悪化状態であったことがわかった。歯科口腔外科で各病変を抜歯し、全身状態の改善を認め第12病日に退院した。
【考察】本症例は歯性感染による敗血症性肺塞栓症であり、本症例では認めなかったものの歯性感染から難治性膿胸を起こす症例もある。そのため、近年では根治目的の抜歯も含めた口腔ケアの重要性が高まっている。診断には胸部CTが有用であり、末梢性多発結節影や肺動脈の結節病変への流入(feeding vessel sign)など特徴的な画像所見を読影できることが、早期診断・早期治療がつながると考えた。
 本症例では、下葉優位の肺炎像および胸膜炎と敗血症性肺塞栓症に特徴的な右下葉の胸膜から連続する中心が low density の結節影を認めた。

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巻末エッセイ〜一生に一度の高価な買い物 星 榮一

 自分の家を新築することは、一生に一度の高価な買い物である。失敗は許されない。

 僕は「定年になったら、故郷の会津に帰り、磐梯山を背に眼下に猪苗代湖を見下ろす土地を家内の実家から譲り受け、山荘を建ててのんびり過ごそうか」と考えていた。

 ところが、平成八年に新潟から長岡中央綜合病院に赴任して来て一年後に、家内が「もう歳だから、この辺で引っ越しは止めにしませんか?」と提案して来た。考えてみると、我が家は結婚後5回ほど引っ越しをしているが、体力もそろそろ限界なので、長岡に骨を埋めようかと真剣に考え、土地探しを始めた。何故か最初からマンションではなく、一軒家を考えていた。

 平成9年に前田2丁目の星野製菓の跡地90区画が売りに出された。病院の同僚も数人が購入していた。病院や駅まで徒歩20分、スーパーも図書館も体育館も近くにある。南側が開けている栃尾鉄道跡の遊歩道脇の土地を選んだ。

 次はどんな家を造るかだ。それからの半年間は、各工務店が開く勉強会や市内のオープンハウスはことごとく見学して回った。時には新潟市までも出かけた。

 そこで、次のような機能の家にしたいと考えた。

1 地盤改良(表層改良工法)
2 高気密高断熱の小さな家
3 家の形は単純に、マッチ箱様
4 高床にして、車庫と書庫を造る
5 屋根裏を収納スペースに
6 中央冷暖房
7 オール電化で都市ガスは入れない
8 屋根融雪など

 これらの事項を加味しラフな設計図を自分で描き、工務店で検討してもらい、間取りその他はほぼ僕の希望通りになった。

 平成10年5月に着工し、病院に出勤する前か、帰宅後に一日一回は工事現場に顔を出し、工事の進捗状態を確認した。基礎工事のついでに、アマチュア無線の20mアンテナ鉄塔の基礎を同時に掘って、2mほど地下のコンクリートに埋めてもらった。住宅工事は順調に進捗し、同年10月中旬には入居できた。

 いつの間にか20年近く住んでいることになる。中越地震でもびくともしなかった。僕は今の家に95%以上満足である。空調は夏は25度に、冬は20度に設定しており快適で、冬でも布団にもぐってもヒヤリとしない。空調機は換気のために24時間365日動いている。そろそろ故障するのではないかと、ビクビクしている。恐らく暖房を入れた時か、冷房を入れた時に不具合が出るのではないかと思う。その時には半月位不便な思いをしなければならないだろう。

 20年前には、自宅を造るのに新築にこだわったが、今なら中古住宅を買ってリフオームするだろう。恐らく土地付きで三分の一の費用でできるだろう。中古住宅では住所や間取りは、思うように行かないかも知れないが、求めている住宅の機能は得られるだろう。

 また、後期高齢者になったら、市の中心部のバスや買い物に便利なマンション住まいも悪くはない。断舎離して身軽になり、夫婦二人で賃貸マンション住まいもいいと思う。

 平均余命近くまで生きて来た我々の年齢なら、この家には精々もう10年位しか住めないだろう。それでも約30年住むことになる。30年間満足して住まわせていただいたので、いい買い物をしたと言ってもいいだろう。

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