長岡市医師会たより No.494 2021.5


もくじ

 表紙絵 渡辺 玲
 「新型コロナと漢方薬」 福本一朗(長岡保養園)
 「人口減少について考えました」 新保俊光(新保内科医院)
 「蛍の瓦版〜その63」 理事 児玉伸子(こしじ医院)
 「巻末エッセイ〜生みの苦しみ」 江部佑輔(江部医院)



渡辺 玲


新型コロナと漢方薬 福本一朗(長岡保養園)

 新型コロナウイルスは世界中で多くの犠牲をもたらし、ワクチン接種が始まった2021年4月現在もその勢いは衰えを見せていません。ただ国別に見てみると人口当たりの感染率%にも、感染者に対する死亡率%にも大きな差がみられます(Fig.1,Fig.2)。もちろん国によってPCR検査数や医療程度に大きな差があり、また中国の様に有症状者のみを感染者としているなどの統計上の相違もあって一概に国別比較を論じることには注意が必要なことは当然です。ただコロナ対策最先進国といえる米国の感染率9.40%(感染者数310万人)、死亡率1.81%(死者数56万人)、および世界全体の感染率1.75%(感染者数1億3千万人)、死亡率2.71%(死者290万人)は1つの指標となると考えられます。全世界的に見て重症度率・死亡率・感染率には国や民族による差異はないという研究がいくつも発表されました。しかし気候風土が比較的似通ったアジア諸国の中で見てみると、感染率には大きな差があることがあって2つのグループに分けられることがわかりました(Fig. 3)。そのグループとは、日本・韓国・香港・モンゴル・タイ・中国・台湾・ベトナムなど“広義の漢方薬”が汎用されている東北アジアグループと、それ以外のマレーシア・インド・フィリビン・インドネシア・バキスタンの西南アジアグループで、その感染率は0.11対0.66%と6倍も差があり5%の危険率で有意でした。ただ死亡率は1.64%対1.71%と差が見られませんでした(Fig. 4)。
 ここでいう“広義の漢方薬”とは中国を起源とする伝統医学で用いられている、自然界に存在する植物、動物や鉱物などの薬効となる「生薬」を用いる医薬システムで通常は複数の生薬が組み合わせて1つの処方とされていることが、単一生薬をもちいる「民間薬」との大きな違いです。なお現在の中国では“中医学”に基づく「中薬」、また韓国では“韓医学”に基づく「韓薬」と呼ばれています。またそれらが中国から直接あるいは朝鮮半島経由で伝来して日本で独自の発展を遂げた我が国の伝統医学が“漢方医学”と呼ばれて、それにもとづいて処方された生薬の体系が“狭義の漢方薬”です。
 漢方医学では、患者を心身両面から総合的に捉え治療するという全人的医療の考え方があり、また人間が本来持っている自然治癒力を高めるという考え方もあって、冷え症・虚弱体質など体質に由来する症状や、更年期障害の症状など検査に表れない不調(未病)の治療に効果があります。生薬の組合せが変わると、ある生薬の薬効が増強されたり毒性が抑制されたりして、有効性や安全性が大きく変化するのが特徴です。つまり漢方薬としての薬効は、個々の生薬の薬効の単純な総和ではなく、構成生薬の組合せの相乗作用によって得られるものです。それに対して漢方以外の単剤民間薬は、その地域独自の外傷や急性期疾患の治療には有効なことも多いのですが、慢性期疾患の管理や感染症の予防にはあまり用いられないようです。
 アジアの国々の多くは、西洋医学と並んで町中の薬局で漢方薬が簡単安価に入手でき、広く用いられていることが、もしかしたら新型コロナの感染を予防してくれているのかもしれません(Fig. 5,Fig. 6)。確かにTJ-1葛根湯などの常用は老健施設での風邪感染を顕著に低減しますし、高齢者の食欲を増すTJ-108人参養栄湯や抗癌剤治療後の体力回復に用いられるTJ-48十全大補湯などの補剤は病人の自然治癒力を増加させることが認められています。それのみならず“未病を治す”漢方薬は、体質を改善し普段から体調を万全に整える作用で、コロナのようなウイルス疾患に対する防波堤となっていると考えられます。特に新型コロナ肺炎の重症者・死者の多くが慢性疾患患者・高齢者であることからも、普段から体調を整えておくことは重要と思われます。
 自然の植物・鉱物・動物を乾燥させ砕いて煎じ薬しただけの漢方薬は安価であるだけでなく、体質と病態(証)に合わせて処方されてさえいれば、副作用も西洋薬との相互作用も少ないため、コスト・ベネフィットを考えるとコロナ・パンデミックに際してもっと広く用いられて良いのではないでしょうか?
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「Fig. 1 新型コロナウイルスの人口比感染率比較(世界)」

「Fig. 2 新型コロナウイルスの感染者に対する死亡率比較(世界)」

「Fig. 3 新型コロナウイルスの感染率比較(アジア)」

「Fig. 4 漢方有無による新型コロナウイルス死亡率・感染率」

「Fig. 5 タイの漢方薬処方風景」

「Fig. 6 ベトナムの漢方薬」

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人口減少について考えました 新保俊光(新保内科医院)

(出生数)
 日本の出生数は2018年91・8万人、2019年86・5万人、5万人減っています。東北大震災では2万人、COVID-19では1,800人が亡くなっています。震災や疫病死亡者には高齢者も多く含まれるので、種族保持の観点からみれば、出生減のインパクトは桁違いです。しかもこれからも続くトレンドです。「めでたい=芽出度」という言葉が、出生や出産を予期する婚姻に使う言葉とすれば、「芽出たくない」事態でしょう。心配です。
(婚姻数)
 2015年では、日本の30〜34歳の未婚率は男性47%、女性35%、離婚率は約3組に1組、女性の結婚平均年齢29・4歳。結婚しない人が増え、結婚しても多産は望めません。日本の婚外子は1%台(フランスは約50%)なので、結婚と出生は密接に関連しています。女性の高学歴化や社会進出による晩婚化も一因といわれますが、個人的には結婚に対する「意識の変容」と「生物学的な繁殖力低下」が横たわっているのではないかと思っています。
(意識変容)
 男性の気持ちはわかります。性欲のバーチャル世界への置き換えが容易になり、お一人様でも非難されない社会になりました。結婚で得られる「パートナーの獲得」、「後継者の獲得」、「社会的信用」、「生活の役割分担」などは、以前に比べ必要性が減じたり代替できるものになりました。半面、セクハラ認定基準のあいまいさと糾弾の厳しさ。DVや小児虐待など修羅場の家庭を連想させる報道。離婚率の上昇。若者世代の所得の減少など、恋愛や結婚のリスクばかりが目立ちます。なんだか無理ないです。女性は更に深刻かもしれません。男女平等の名のもと男性並みに仕事し、出産子育てを行い、親の介護まで期待されます。子供は女性しか生めません、大変すぎます。
(生物変容)
 日本で化学製品が普及したのは第2次世界大戦以降ですが、人類が未経験の化学物質(医薬品、残留農薬、食物保存料、環境ホルモン、大気浮遊物、水中混入物等)を体内に取り入れるようになりました。現在の若者は化学物質普及後の第2〜4世代にあたります。この世代では、アレルギー性疾患が増えていますが、これは行動や意識の変容では説明がつかず、やはり物理的生体反応が要因だと思います。だとすれば出生率の低下にも生物学的要因があるのではないでしょうか。環境ホルモンによる雄の雌化や精子数の減少等のトピックスの他にも、世代を跨いで生殖に影響する化学物質があると思っています。今のところ、これらの長期毒性を調べる測定系はないと思うので、物質の特定や排除は困難でしょう。だとすると、人類は有害な化学物質に対しては耐性を獲得するしかありません。私達はその進化の途中であり、淘汰を伴う自然選択圧力にさらされている最中かもしれません。淘汰なので人口は減少します。
 化学物質、原子力、人工頭脳、いずれも開いたら後戻りの出来ないパンドラの箱です。箱の下には希望が残されていた……。希望は、人間の知力と生存本能でしょうか。数学を基礎とした自然科学や工学、ITの進化は加速度的です。特に数学は人間の五感から得られる常識や観念を軽々と飛び越え、思わぬ真実を予言します。インターネットの普及で知の普遍化がおこり、この先AIが控えています。共存できる化学物質の判別や、よりクリーンな代替え品が見つかることを期待しています。自分の子供を含め若い人には、人類の知力を信じ、出来ればそこに参加し、前を向いて生きてほしいと思っています。
 以上の話は、そもそも本当に人類の繁殖力が低下しているのか?化学物質の生殖毒性は本当か?など確証はなく杜撰で悲観的な仮説です。開業間もなく、自分のコントロールできない問題や根拠の乏しい問題は、話題や意識の外に置くよう努めてきました。そうしないと自分を苦しめたり、周囲を不快や不安にさせるからですが今回この禁を破りました。本当は勤務医ニュース掲載の山口征吾先生のような痛快で勇気のでる話や、新潟県医師会雑誌掲載の岡島正明先生のような愉快で豊かな文化を感じられる文章を寄稿したいと思いましたが……。
 人類と他の生物の一番の違いは、長い時間軸で物事を考え行動できることだと思います。時間軸を取り入れ、3次元から4次元の世界に生きる人類。過去、現在、未来を紡ぎながら生きる人類。今は、私達がいかに長く快適に生きていけるかがクローズアップされています。高齢者の健康や生活は守られるべきことで、疫病対策、震災対策、高度医療も必要なことなのでしょう。これらのノウハウは、これから生まれてくる子供たちへの大きなプレゼントになるでしょう。しかしプレゼントする相手が少なくなるのは寂しいです。今生きている人達だけではなく、まだ見ぬ明日の命を大切にする時代がきたのだと思います。
 最後に、COVID-19の出生に対する影響を考えるとき、他者が感染源であるという恐怖をあおり、一億総潔癖性になるような報道や教育は控えた方がよいでしょう。それこそ国民の分断です。これじゃー、手も握れないしチューもできないよ。
 (令和2年12月記)

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蛍の瓦版〜その63   理事 児玉伸子(こしじ医院)

1.介護保険改定

始めに

 医療保険の診療報酬は2年に一度改定されますが、介護保険は3年毎で今年の4月に施行され、改定率は+0.7%でした。
 医療保険に於ける“医科外来等感染症対策実施加算(5点)”と同様に、新型コロナウイルス感染症に対応するための特例的な評価として、4月から今年の9月までに限り1カ月分の所定単位数に0.1%上乗せして算定することとなっています。これを医師が行う居宅療養管理指導Uの298単位に当てはめると、0.298と1単位未満となりますが、この場合は1単位を上乗せします。この分は利用者負担にも反映され、この変更を怠ると返戻の対象となります。

地域包括ケアシステム

 地域包括ケアシステム(住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供され地域の特性に応じて作り上げていく仕組み)の為に、介護と医療他の多職種との連携を目指し、今回の改定でも見直しがいくつか行われています。
 特に医療との連携強化のために、要介護者の受診時にケアマネージャーが同席し居宅サービス計画に記録した場合の“通院時情報連携加算”が新設されました。また医師によるケアマネージャー等への情報提供では、医療保険の診療情報提供書のような医療に関することだけでは不十分です。今回新たに定められた様式のように、主治医の意見書に準じた内容で、患者の病状に加え日常生活や介護サービス利用上の留意点及び社会生活面の問題点も記載することが求められています。
 また訪問・通所リハビリテーションでは、医師による定期的な評価と指示及び多職種からなるリハビリ会議が重要視され、医師の関わりが不十分な状況では減算が拡大されます。訪問看護ステーションからの訪問リハビリに関しても、医師は指示書の中で訪問の時間と頻度を明記する等積極的な関与が求められています。
 さらに介護保険の施設での看取りを促進するために、看取りに関する加算の対象が拡大されました。認知症の利用者への対応を充実させるために、サービス提供に係る無資格者全員に対し認知症介護基礎研修の受講が義務付けられました。その他歯科衛生士や外部の栄養士及び薬剤師との連携強化に関しても、細かい見直しが行われています。

科学的介護情報システムLIFE(Long-term care Information system For Evidence)

 厚労省では、科学的裏付けに基づく介護を推進するために、平成21年度から介護保険のレセプト情報を収集し介護保険の総合的データベースを構築してきました。平成30年には訪問・通所リハビリテーション事業所を対象に、利用者の機能評価やリハビリテーション計画書等のデータを厚労省へ提出することに対して新たな加算を新設し、リハビリテーションに関するデータを収集してきました。
 今回の改定ではデータ提出の加算算定の対象は、ほぼ全てのサービスの利用者となりました。サービス提供者は各利用者の日常生活動作・栄養・口腔嚥下・認知機能等を幅広く定期的に評価し、介護計画等の情報とともに厚労省に提出します。厚労省ではそれらの情報を集約し、個々の介護計画の評価や見直しを行い、さらに事業所や自治体単位の評価にも役立てることを目指しています。

2.新型コロナウイルス感染拡大防止等支援金

 新型コロナウイルス感染症に対処するために、医療機関を対象とした補助金が国や新潟県及び長岡市等いくつか施行されました。この度、国が施行する“令和3年度新型コロナウイルス感染拡大防止・医療提供体制確保支援補助金”の申請方法が厚労省から公表されました。今年の2月28日が提出期限であった令和2年度の“感染拡大防止支援金”の申請に間に合わなかった医療機関やその後新たに“診療・検査医療機関”の認定を受けた医療機関が対象です。今回の提出期限は9月30日で、申請書は厚労省のホームページからダウンロードして記載し紙媒体で郵送します。補助対象の経費は4月1日から9月30日分で、水道光熱費・家賃・リース料等診療所の経費が幅広く認められます。
 もう一度ご確認ください。

3.新型コロナウイルスワクチン

 長岡市でも65歳以上の高齢者を対象としたワクチン接種が本格的に開始されました。5月14日に集団接種等の予定が公表され、会員の皆様は鳴り続く電話への対応にお疲れのことと存じます。非常に慌ただしい状況でご迷惑をお掛けしますが、これも接種期間が当初の予定より急に短縮したためです。
 集団接種の日程もかなり過密に計画されており、執務へのご協力をお願いしている会員や看護師さんには御礼申し上げます。また当日の会場の担当の市役所の方々も大変なご苦労と存じますし、市内の病院には、医療従事者のワクチン接種をはじめ相当量のご協力をお願いしております。医師会の役員・事務局も頑張っておりますので、今少しのご尽力をよろしくお願いいたします。

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巻末エッセイ〜生みの苦しみ 江部佑輔(江部医院)

 半年に1回の当番が回ってきた。今までは大学時代や、子供のころの思い出を書くことで紙面を埋めることができたが、遂にネタがなくなった。さらにコロナ禍でこの1年たまのゴルフ以外なにもしていないし、読書はするも、それほど心に残った本もない。久しぶりに漫画も結構読んだ。「鬼滅の刃」は読んだし面白かったが、一時のブームも落ち着き、そもそも僕より詳しい人が沢山いそうなのでネタにしづらい。明治時代の北海道を舞台とした「ゴールデンカムイ」も面白い。日露戦争で満身創痍でも生き残り「不死身の杉元」と呼ばれる元軍人とその仲間が、北海道で生き延びていた新選組副長・土方歳三率いる旧幕府残党、さらに陸軍第7師団との三つ巴でアイヌの金の争奪戦を繰り広げる、実に壮大な漫画である。フィクションではあるが、作者はアイヌ文化を非常によく勉強されており、読んでいて大変感動する作品ではある。が、なにせ内容が深いのでまだ途中までしか読めていない。「憂国のモリアーティ」も面白い。シャーロック・ホームズ好きなら絶対ハマるだろう作品。タイトルでわかる通り、主人公はホームズのライバルである犯罪王・モリアーティである。訳アリで義兄弟になったモリアーティ3兄弟が、完全階級制度によって腐敗した大英帝国の闇にくさびを打つべく、天才的な頭脳を持つ次男ウイリアムを中心に自ら犯罪に手を染めていくストーリー。無論、シャーロックも登場し、兄弟達の目的を実現するための大切な存在となる。これは私的には鬼滅よりおすすめの作品ではある。しかし、私自身ホームズシリーズは大好きではあるが、そこまでのシャーロキアンでもないのでネタにするには躊躇する。兎にも角にも原稿を書く気力がない。自分が作文する時は、いくつか文章の素になる情報を頭にインプット・リロードする。あとは突然文章が降臨してくるのを待って一気に書き上げる。しかし、今回はまったくなにも降臨してこない。スランプなのか、ともかく生みの苦しみなるものを現在進行形に経験している。

 文章書くことはおそらくは好きである。そもそも私は独り言が多く、よく見えない相手に話かける。無論、そこには誰もいないことはわかっている。これは元来しゃべりが苦手であった事もあり、その克服のために自身で編み出したトレーニング法である。今までも見えない相手に話かける形で文章を書いてきた。しかし、今はそれすらない。おそらくコロナ禍の様々な出来事やそのために変わってしまった日常生活、これからの事への不安などが原因か。いやもしかするとコロナ禍がなくても今のような状態になっていたのかもしれない。

 多くの芸術家、小説家はこの生みの苦しみを経験している。漱石、太宰治、北杜夫など心の病と闘いながら多くの作品を残してきたが、そのために体を壊し、時に自ら命を絶った人も多くいる。その点ではこれを職業としているわけでないからまだいい。そもそも気うつはあっても軽く、睡眠も取れ、食欲は今も旺盛である。しかし、やはり締め切りは若干のストレスである。

 といいながら、漫画ネタと現在のスランプの言い訳を書いていたら行を埋めることができた。そして、気づくとまた誰かにつぶやきかけながらキーボードを打っている自分。院内の有線からビートルズの「Help!」が聞こえてくる。

 “Help me if you can, I'm feeling down And I do appreciate you being round Help me get my feet back on the ground Won't you please, please help me?”

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