自然災害発生時における 医療支援活動マニュアル
平成16 年度 厚生労働科学研究費補助金 特別研究事業「新潟県中越地震を踏まえた保健医療における 対応・体制に関する調査研究」


第1部

自然災害後急性期
医療班活動マニュアル

日本集団災害医学会理事長 太田 宗夫


 はじめに
1 地震災害急性期における災害医療の評価
2 急性期支援の目的
3 本マニュアルの適用対象として想定する地震災害
4 急性期支援を決めるための要素と原則
5 急性期支援の基本スタイル
6 急性期医療展開の全体構図
7 とくに重要な災害急性期医療行動
8 記録
9 撤収
10 報告書
11急性期支援医療者の心得
 まとめ


はじめに

 自然災害における医療活動には、あらゆる種類の困難性が介在することが指摘されている。これに比して、人為災害における医療活動では問題点が絞り込める場合が多い。これが、両者の受け止め方がやや異なる理由のひとつである。また本邦が多種かつ高頻度の自然災害に見舞われることも、自然災害を災害の代表とする意識を固定させてきた。

 特にほぼ二十年ごとに襲う広範囲大規模地震災害では、医療施設の損壊とライフラインの停止による全体的医療システムダウン、それによって助長される人的被害と医療資源との圧倒的な不均衡、医療活動の介入を妨げる救援路遮断などの物理的障碍、瓦礫の下からの救出活動の困難性、頻発する余震によるすべての救助活動の一時的中断、ライフライン停止による衛生環境の悪化・粉塵その他によって助長される感染症の必発、長期に及ぶ被災地医療体制の復元までの多角的医療支援、強烈かつ多数に及ぶpsychological trauma などなど、幾多の困難性が認められる。これに津波が追い討ちをかけると困難性は倍加される。この複合的かつ膨大な困難性が人為災害によって惹起されることは少なく、災害医療支援に関しても、自然災害に対してはダイナミックな展開が必要である。

 この自然災害の基礎的性格に対抗するためには、あらゆる困難性とその対策を学習しておき、組織的かつ時系列的に対応しなければならない。中でも、事例研究が貴重な情報を提供する。

 この事実と特質は阪神・淡路大震災以降において明確に指摘され、地震災害は災害対策を論ずる格好のモデル災害とされるようになった。加えて、以降に発生した東京地下鉄サリン災害、O-157 集団感染災害、東海村原子炉臨界災害などの人為災害を経験し、地震災害対策をまとめることができれば、他の自然災害にもまた人為災害にも、それが適用できることが証明された。

 本邦で発生した自然災害・人為災害を総見すると、多種多様性が認められる。さらに海外での事例が一層多様性を認識させる。しかし地震災害は本邦として最も特徴的な災害で、その人的被害に関しても、発生が近いと警告されている東海・東南海・南海地震ならびに津波による被害予測は阪神・淡路大震災を上回る可能性が高い。これに対応できる医療体制の構築は国民的課題であり、必然的に本邦の災害論議は自然災害に比重が置かれる。同時に、最も頻度が高く被害が甚大な地震災害における災害医療は、災害医療全体の導入としても成熟度としても、大きな意味を持つ。 一方、実施された災害医療を科学的に評価することが災害医療の進歩に不可欠であるとの見解が一致し、どこに評価の尺度を定めるべきかが世界的に論議され始め、すでにテンプレイトが提案されている。この点も災害対策の策定にとって重要で、今回提示する災害支援マニュアルも、評価の満足度を高める一要素でなければならないと考える。もうひとつの評価の要素は、スタンダードに忠実に従って実行されたか、という点で、戦略のほとんどの部分についてGlobal standard という形で枠組みの策定が進められる。

1 地震災害急性期における災害医療の評価

(1) Preventable Deaths とPrevented Deaths は急性期医療の評価尺度

 時系列的に基準化を進めるに際して評価の尺度を照合するならば、急性期災害医療の評価尺度として浮上するのが マイナス評価を決める”Preventable Deaths”と、プラス評価を決める”Prevented Deaths”である。この見解は世界的に承認され、Preventable Deaths の多少を以って最終的評価の基礎とする考え方が根付きはじめた。

 この考え方は被災者の立場からも納得できる。すなわち、遅滞なく怪我の治療をうけることができたことは一見整然と医療が展開されたことのプラス評価ではあるが、重症の肉親が救命されたこと(Prevented Deaths) を上回る喜びとはなり得ない。どれほど多くの資産を失っても、肉親の死を上回る悲しみとはなりえない。一方、あれしきの怪我で命を失ったという事実(Preventable Deaths)は、遺伝子治療まで行われている現代日本の医療レベルと乖離している、などなど、多くのマイナス評価の声を聞いたが、生命の絶対的価値は災害の都度再認識されるのである。しかも、地震災害では生命が失われた時間帯が発災15 分以内(Phase-0 とも呼ぶ超急性期)と急性期に集中していることは、急性期災害医療の質が問われる大きな理由である。

 日本集団災害医学会は、大規模災害の急性期医療が「一人でも多くを救命することを目標とすべきである」という世界的理解に基づき、阪神・淡路大震災以降に発生した事例について特別調査委員会を設置するなど多角的に分析し、報告書にまとめている。

 これらを総合すると、やはり評価の焦点は”Preventable Deaths”と”Prevented Deaths”で、この考え方は本邦で一致した見解となったことを強調しておきたい。

 「Preventable である」という判定は、「もし的確な医療が実施されたならば救命できたはずである」との見解が一致した場合に下される。必然的に「的確な医療」が問題となるが、それは「最高レベルの医療を行う」という仮定ではなく、「その現場で、より的確な医療を受ける可能性があったにも関わらず実施されなかった」という事実から「的確な医療が実施されなかった」とされる。この中には、「転送の努力をしなかった」、「重症とは思わなかった」などは当然で、「人手がなく、連絡する手段もないために、転送を手配できなかった」、なども許容範囲には含まれない。

 実際には病理学的な判定が優先され、救出時に心呼吸停止状態や致死的な病理学的変化が認められる外傷以外は、厳しく判定される可能性があることを認識しておかねばならない。

(2) 新潟中越地震における急性期災害医療の評価

 新潟県中越地震において実施された災害医療についても、厚生労働科学研究特別研究の結果を分析し評価を試みた。その結果は報告書本文中にまとめたが、災害医学の浸透が不十分であるとの実情を勘案した評価である点をお含みいただきたい。

 特に議論したのが「エコノミークラス症候群」による死亡で、いろいろな角度から見るとpreventable であることは否定できないが、「災害と結びつけるべき疾患とはいわれていなかった」、すなわち、まだ完全に今日での常識には含まれているとは断定できないとの推測から、preventable とはしなかった。しかし今回話題となった以上、今後はpreventable として扱うことになる。以外の「関連死亡」の中にも「preventable とすべき」という見解が一部にあったことを付記しておく。

(3) Preventable Deaths を少なくする手法が急性期災害医療の核心

 過去の事例を分析してゆくと、Preventable Deaths と判定されたケースでは急性期における医療実施経過に原因があると指摘できる例が多いことが判った。これはすでに共通した認識であるから、急性期における医療展開が重要であることを急性期医療支援の思想とすべきである。特に、医療機能が著しく低下した被災地内で重度外傷例に対する手術・透析などの最終治療が実施された結果死亡した事例が問題視された。一方、同様の重症度を示したケースが大阪へ転送され多くが救命された結果、両者間に救命率の有意差が生じた。この結果から、次の見解がまとまった。

ア 災害医療の知識はどの地域でも同等でなければならない。

イ 地震災害では、重度外傷に対する最終治療は被災地内では実施せず可及的速やかに非被災地へ転送して実施されるべきである。

ウ 重傷者を非被災地へ速やかに転送する方略が地震災害における急性期医療展開の要である。

 災害医学研究者たちはこの見解から、Preventable Deaths を可及的に少なくするための方略についての見解を発表してきた。平行していくつかの研究や提案の具体性についても議論を重ねた。その結論は「災害医療の常識」として、すでに会員間でまとまった見解を再確認することになったと判断するので、これを「大規模地震災害急性期における医療支援ならびに災害医療展開に関するマニュアル」として提示し、特別研究の成果の一部とする。

2 急性期支援の目的

 急性期における支援にはいくつかの目的があり、単なるマンパワーの補充だけが目的ではない。事前に目的を絞り込むことができないので、いくつかのオプションを担保する、あるいは意識して出動し、現地で科学的にニーズを分析する、あるいは現地の要求に応えるなど、の思考過程を事前に想定しておくことが肝要である。実際には、たとえどの要求にも応えることができると仮定していても、すべてを消化することは不可能であるから、現地で最大効果が得られるために焦点を絞れることができれば、出動した意義が生まれる。

 次のような目的を想定する。

(1) 医療施設におけるマンパワーの補強

 平板だが重要な目的で、主として後述するtype-A Team の役割である。現地対策本部へ入り、どの施設を支援するかの指示を受けて活動する。ときには単身で駆けつけた医療者をチームに組み込むよう求められる場合がある。活動は当該医療施設指揮者の指示に従うことを原則とするが、医師・ナースが別々の部署に分散配置されると、チームワークの構築に時間を要するために、支援チームとしての活動が満足できるとは限らない。

 また、第1 次トリアージ・外科処置・第2 次トリアージ・精神的管理・防疫から死体検案まで、多種の任務が課せられる。ときには不得意な任務が指示されるが、あえて到底責任が持てない任務に就くことは避けるべきである。

 仕事量と人数との関係は刻々変化するので、手持ち無沙汰になったときは直ちに転属を申し出て支援を続ける。それは支援チームの指揮者の役割である。

 最も苦労するのは突然友好を要求される人間関係である。平時ならば時間が解決するが、よりよい仕事をしてゆくための忍耐と寛容に心がける。負傷者に対する人間愛が、それを可能にする。これも支援指揮者の裁量範囲である。

(2) 災害拠点病院の支援

 ここで活動するのは後述するtype-B Team の医療チームで、Preventable Deaths を少なくするための基礎的かつ重要な活動を支援する。すなわち、現代災害医療システムは災害拠点病院を急性期災害医療の要と位置づけているので、支援チームはその核心部分を専門者として支援する立場に置かれている。type-B Team の医療チームはそのために編成されたもので、その能力を重視した支援形態となる。

 災害拠点病院には重傷者(赤タッグ)が集合し、救命のための作業が展開される。阪神・淡路大震災以降、災害拠点病院で手術・透析などの重要な治療を実施する考え方は無謀とされ、そのエネルギーは二次転送へ転換する。

 この展開図も後述するが、まず次の生命維持装置を装着して転送に備える。

ア 酸素投与
イ 気道確保(エアウエイから気管挿管まで。粉塵を除去するための気道洗浄も含まれる)
ウ 人工換気(搬送車のベンチレーターに引き継ぐ)
エ 点滴ルート設置(2本以上)と補液(連結)
オ 尿路設置
カ 再止血
キ 骨折再固定
ク 胸腔ドレナージとドレナージシステムの装着

 平行して転送順序を決める。同じ「赤タッグ」でも優先順序をつけることはできるはずである。それが第二次トリアージのひとつで、重要で外傷治療の経験が必要である。転送順序を決めると、来所した搬送隊に順序に従ってすべてを託すが、転送の援助も支援者の仕事で、支援チームが転送を担当する場合もある。生命維持装置の安定化を図り、トリアージタッグ、処置を記したメモ、を託す。原則として、救急救命士が同乗して非被災地の災害拠点病院へ搬送する。転送先は災害基幹病院の指揮者が非被災地災害拠点病院の状況を総合して決定する。

(3) 救助チームの支援

 救助隊は驚くほど危険な業務に果敢に挑む。瓦礫の下に進入している最中に強い余震が発生する場面に遭遇することもある。救助隊に対する医療支援は重要で、二次災害による犠牲を少なくする。疲労・粉塵・外傷を含めて、いろいろな医療支援がある。
 これに関わるのはいずれのチームでもよい。次の仕事を兼ねた活動である。

(4) 救助直後における救命処置とConfined Space Medicine 救出直後に医学的判断と特異な処置が必要な場面がある。

 ア 一般的な救急救命措置

(ア) 死亡判定
(イ) 心肺蘇生
(ウ) 止血
(エ) 胸腔ドレナージ
(オ) 骨折固定

 などで、一部を除いて救命士でもできる範囲であるが、救助隊だけの場合は援助が必要である。

 イ 絶望的阻血四肢に対するターニケット装着

 第2として指摘しておきたいのが、クラッシュ症候群とそれに先行する再還流症候群、ReperfusionSyndrome に由来する心停止が予測できるケースの阻血四肢に対してターニケットを装着して再還流を避け、再還流症候群により心停止を免れる処置の是非についての判断である。再還流症候群による急性死は阪神・淡路大震災で脚光を浴び、心停止を免れる唯一の方策が救出直後におけるターニケット装着による再還流阻止であることが定説となった。その判断は外傷医に委ねねばならない。この判断は決定的だが、外傷医にとっては難しいことではない。

 ウ Confined Space Medicine

 第3がConfined Space Medicine として注目される「瓦礫の下での医療」である。外傷医が瓦礫の下まで入り、点滴・止血から四肢切断術onsite amputation まで、救命のための外科処置を実施する。当然ながら外傷チームの仕事で、かなりの訓練を要する。本邦で詳細な議論はしたが、報告例はまだない。

(5) 現地対策本部における医療指揮の支援

  災害対策本部に医師会代表者(外科系医師が中心)が待機して分析・計画・指示を行うのが通例であるが。完璧な災害医療の知識を期待できるとは限らない。最も懸念されるのは時系列的に次の数時間を読んで的確な指示を出すことである。これが遅れがちとなるので、それを補強するために専門医が専門知識を提供する必要がある。急性期は特に重要で、次の時間帯に確実に起こるだろう医療ニーズの変化に応じて事前に対応を変化させることがよい展開の秘訣である。これは知識を提供して感謝された経験から指摘しておきたい事項で、災害医療の知識に富む医師が役立つ。type-B の支援チーム隊長の選出に際して考慮すべき点である。

 (6) 急性期における精神的援助

  ・・・第5部精神保健医療活動参照

 

3 本マニュアルの適用対象として想定する地震災害

(1) 急性期支援が必要となる可能性がある地震災害

 地震災害の場合は、マグニチュード7.0 以上の地震強度、震度6 以上の地域の人口が30万人以上、の地震を下限とする。但し、地震の強さ如何に関わらず災害の規模と対応する医療資源との不均衡によって多数のPreventable Deaths の発生が懸念される場合も対象とする。
 津波の襲来を予測した立ち上げも大切である。東海・東南海・南海地震の場合は津波情報の発信は早いが、チリ地震のときように時間差がある場合は津波支援のための準備は十分できるはずである。

(2) 本マニュアルを準用できる他の災害種

 先述のごとく地震災害は他の自然災害のみならず人為災害にも適用できる基本的な要素を包含しているので、本マニュアルについても準用できる災害種の範囲は広い。すなわち、これを基本とし、災害種によって特別な要素を加え、不要な要素を削除して準備すればよい。人的・物的な持ち込み量は被災の概要から判断するが、特別な物品に気を遣う。人為災害はオプションが多く、NBC テロなどの特殊災害では防疫・救命技術など格別の技術と装備を提供しなければならない。
 いうまでもなく特殊災害では、被災者数は出動決定を左右しない。専門者の支援を期待するが、専門者は「核被害では核関連学者」「化学災害では当該物質の研究者」をいうものではなく、テロを含めた人為災害の知識を蓄えた「災害医療専門者」を指し、近年増員された。
 いずれに関しても、本マニュアルを準用することによって欠落を少なくできる。

4 急性期支援を決めるための要素と原則

(1) 急性期支援を決定する要素 阪神・淡路大震災以前の事例に限ると、地震災害に際して事前に準備された支援が急性期に実施された事例は皆無に等しい。また予測して支援を受け入れた例も皆無だった。

 その理由としては、災害対策本部が急性期に立ち上がっていないこと、急性支援の決定に関するルールがないこと、支援の意義についての理解がないこと、府県境を越える支援についての拒否的意識が潜在するために要請が出されなかったこと、などがあった。いうまでもなく急性期における人的被害の予測がないこと、支援するチーム自体が存在しないこと、急性期支援の意識とツールがないこと、などが現実的な理由であった。

 これらの反省はPreventable Deathsの概念の浸透によって事態を大きく転換させ、新潟県中越地震では過去にない大量で高質な急性期支援が実行された。この事実から推測すると、上記の各事項についてのルールができることによって、さらに適時に的確な支援開始の決定が可能となる。

 そこで今後支援の決定に関わる要素事項についての原則を提示する。

(2) 情報の獲得と分析

 ア テレビ・ラジオ

 情報の獲得と支援の必要性の判断は難しいが、正確な情報を待って行動に移る態度は誤りである。すなわち、急性期医療展開は分単位の遅れを許さないのみならず先手が肝要であるから、テレビ・ラジオの地震情報から地震の強度を確認するだけで出動の準備を開始するのを常識とする。

 イ 地震強度と被災地の背景

 少なくとも地震発生後2 時間以内は、テレビ・ラジオの被害情報は原則として確定した被害に限られるので、全体の人的被害情報が流れるのはかなりの時間が必要で、その間に多くの人命が失われる。すなわち、発災直後の情報空白時間帯に死亡が集中する。地震強度と人的被害との関係についてはまだ明確な計算式がないが、過去の経験からみると、地震強度(震度の方が判断しやすい)・被災地の人口密度・被災範囲・発生時間帯、を総合して判断せざるを得ない。因みに、阪神・淡路大震災と鳥取地震を比較すると、地震強度はほぼ同等にもかかわらず人的被害には驚くほどの大差があった。これらを勘案すると、テレビ・ラジオの震度情報に上記の要素を加えて人的被害を予測し、支援を立ち上げるべきか否かを判断する。加えて、当然ながらこの支援の立ち上げ方は結果的に無駄な準備となる可能性があるが、その結果を以って出動を非難することは厳に慎むべきで、反対に立ち上げが遅れたために支援の成果が上がらなかった場合には、必然的により大きく非難されるのである。

 ウ 専門者の情報交換

 もうひとつの情報ツールは専門家の見解である。救急医療が活性化した都市圏には自然発生的に災害支援者集団が存在する。また地方大学でも地震学あるいは災害学に関する専門家がいる。どの地域においても、これらの人間関係を通じて迅速に情報を交換して見解をまとめることができる背景を整備しておくよう勧める。

 エ 厚生労働省の災害情報ネットワーク

 厚生労働省が管理する災害情報ネットワークも多くの情報を提供する。これは災害拠点病院を中心に敷かれた速報ツールで、全国に同じ情報を提供するので、支援の必要性についても見解がまとまりやすい。

(3) 公的な支援要請

 急性期支援といえども、公的要請がある方が活動しやすい。 都道府県単位の支援要請に関しては常に被害を軽視しないという慎重論が優先される。近畿6府県では相互援助協定の中に公的な支援を明記しており、急性期にそれが的確に作動することを期待している。厚生労働省が管理する上記の災害情報ネットワークはより適時に作動するので、それに従って公的要請が出されるならばさらに迅速な活動をもたらす。

 しかし公的要請には受け入れ側の責任が発生する、という枠組みがまだ生きている。これが要請を躊躇あるいは遅れを生ずる要素となる場合もある。また、被災地側の指揮系統が立ち上がっていないために、被災状況が不明である、要請を出す権限者の判断を仰ぐことができない、などの場合も要請が出ない。支援者側が打診しても、それを受け入れるルートがない、応答する手続きができない、などの場合もある。このような事例が知られているために、公的要請を待たずに支援者側の判断で急性期支援が開始される例が増加している。この点についての見解は分かれているが、支援の意義と実際が理解されると、公的要請の増加と迅速化自体も加速すると思われる。

(4) 自発的急性期支援の決定

 本来自発的な支援は医療者としての理念の表現と理解するところであり、第三者がその意志に介入するべきものではない。また当面は、確信に基づく自発的な支援行動が批判されることはないだろう。

 しかし、それが効果を発揮できる条件は、きわめて狭い範囲に限られるのみならず、場合によっては被災地にとって負荷となる。この周辺には微妙な問題が介在しているので、慎重な判断が必要である。とくに国際救援に関しては国連が憂慮するところで、人道的介入と現実との間にギャップがある可能性を考慮に入れて判断すべきとされ、国内でもこの関係が完全に否定できるとは限らない。

 しかし判断に時間の余裕はない。まず打診を試み、応答がない場合は、「応答できないのか」、「言外の拒否」なのかを判断する。後者ではないと判断した場合は人道的立場を基礎に出動することになるが、この態度を終始貫くことが肝要である。そのためには、「来てあげた」「困っているはずだ」ではなく、「大切な生命の為に」と、被災地自治体・被災者・支援者の三者の間に好ましい感情が生まれるよう心がける。同時に、何者をも現地に求めない態度を貫く。

(5) 支援準備の開始

 支援準備の開始は、死者数・負傷者数が未知・既知にも関わらず、支援要請の有無にも関わらない。上記の適用が想定できる災害が発生した事実だけを以って準備を開始するサインとする。これら以外に出動するために必要な最低限の特定すべき情報は「支援を要する地域」である。これは具体的な市町村までを特定するものではなく、市域、群域、県の西南北程度の区域が特定できればよい。

 要請があった場合あるいは事前協定に基づく場合は、準備開始と同時に支援する区域をほぼ決めることが出来る。自発的支援の場合は、震度が高く人口密度の高い地区を初期支援地とし、アクセスを決める。

(6) 支援する期間

 準備開始段階では、最大72 時間の支援を想定するのが通例で、それ以上の急性期支援は現実的ではない。急性期における活動の特徴は、集中的、多様的、変動的で、休養が取れない。また大量の資器材・自家用物品を持ち込もうとして出発時間に余裕を持つと修羅場へ駆けつける意味がなくなる。加えて、72 時間を経過すると医療ニーズは量的にも質的にも一変し、支援者自身も慢性期型チームへ転換しなければならなくなる。この転換時間は被災地の事情によって多少異なる。阪神・淡路大震災の例では都心型だったために急性期医療は36 時間で終了した。一方新潟中越地震では72 時間程度と分析している。

5 急性期支援の基本スタイル

(1) 原則として組織的支援

 指揮系統が立ち上がっていない被災地の混乱を勘案すると、急性期における単身または2−3 人での活動が事実上効果を発揮しにくいことは経験上指摘しておかざるを得ない。実際にはマンパワーが不足しているので、格別の説明を要さず確実かつ即座にどこかのチーム活動に参画できる場合には役立つ。しかし、普段の付き合いがない医療施設に入った、あるいは配属された例では、そこの指揮者が支援者に物品の所在まで教えねばならないような事態が発生し、意に反して医療の流れを停滞させたなどの苦情が聞かれた。従って、普段から同系列の職場で業務している医療者の場合は単独でも活動できる。この背景要素は利用すべきで、系列医療機関や学閥関係・教室関係が意味を持ってくる。

 一方、同じ職場で活動している医療組織で編成されたチームは、効果的な活動が出来る。また、被災地側が詳細な指示を出さずとも活動を維持できる、ロジを含めて自己完結の原則が維持される、などの利点もあるので、実際には一つの部署をあるいはトリアージそのほかの特定作業を委ねられ、一貫した支援を実施する。

(2) 二つの組織的支援タイプ

 新潟中越地震における支援の実態を調査した結果、組織的支援には二つのタイプがあることを認めた。いずれの支援も現実的で、当面これを尊重してその活性化を図るのが妥当と判断した。従って、今後の組織的支援は二つのタイプに分けて計画すべきである。

 (3) 被災地近接医療施設が実施する支援(type-A)

 第1は新潟県内とその近接地からの支援で、きわめて早期に実施された。その背景を分析すると、新潟県の要請を受けた公的医療機関の支援発動と、大学あるいは教室の系列医療機関、系列病院組織などの自主的指示によって行われ、発災から短時間以内に現地へ入ったチームが効果的な活動を実施した。

 この群は、災害のために特別に訓練されたチームではないが、関連組織の全体活動を発災後短時間以内から支援を開始することができる。とくにマンパワーの補強、資器材の供給、後方搬送などに効果を発揮する。他県の行政が介入しないので公的要請が出やすいこともあるが、むしろ普段に構築されている人間関係が早期支援を発動する。地理的事情に詳しく、情報、連絡、相談から医学的指示に至るまで、円滑な流れを非意図的に形成する。

 ア type-A の支援

次のような支援を想定する。

 (ア) マンパワーの補強
 (イ) 病院機能の補強
 (ウ) 薬剤・資器材の供給
 (エ) 後方搬送
 (オ) 情報の伝達

 イ チームの構成

 このチームの最大の目的はマンパワーの補強であるから、総括医師(あるいは隊長)を含めて、医師数・看護師数・ロジ要員数・その比率について決まりを設ける必要はなく、その都度、事情に応じて編成する。

 ウ 携行資器材

 医療資器材についても事情によって決めるべきであるが、次章「亜急性期における支援」に記載された「医療チーム1チームあたりに必要な物品」を基礎リストとして参照する。次に重度外傷を想定して下記の物品を追加携行する。

(ア) トリアージタッグ
(イ) 局所麻酔用薬品と用具
(ウ) AED
(エ) 気管チューブ(経口、経鼻)
(オ) 膀胱カテーテル
(カ) 胸腔ドレーンとドレナージシステム(血気胸に)
(キ) 骨折固定用具(シーネ、バンデージ、多発肋骨骨折に肋骨固定用幅広バンデージ)
(ク) 頚部固定用具(ネックカラー)
(ケ) ターニケット(切断肢断端に、阻血四肢の再還流停止に)
(コ) 大型覆布(挫滅四肢用)
(サ) カット絆
(シ) 止血用などの外科キット

 エ 携行薬剤(自家消費)

(ア) 乳酸リンゲル
(イ)5% グルコース
(ウ) 生理食塩水(洗浄用)
(エ) 抗生物質
(オ) 服用鎮痛薬(内服、注射)
(カ) 服用鎮静剤(内服、注射)
(キ) 局所麻酔薬
(ク) プレフィルドシリンジ(エピネフリン、リドカイン、10%グルコース)

 オ 供給資器材

 資器材の供給も重要で、事情を判断して決める。急性期では供給が停止しているが、補充が開始されるまでの時間は都市圏と地方では異なる。阪神・淡路大震災では発災12 時間後には供給がピッチを上げた。また多くの医療機関では発災後数時間で備蓄薬剤(多くの医療施設が平時に消費する2 週間分の薬剤に相当する)が底をついた。これは災害備蓄の必要量を決める要素である。

 急性期に供給する場合は、
(ア) 「何を」に関しては、乳酸リンゲルとその半量の5%グルコース( 点滴用セットを忘れず)を重点補充する
(イ) 「どれだけ」提供するかは推定する被災患者数による
(ウ) 医療材料については骨折用材料を主にし、熱傷が多ければ被覆材料を用意
(エ) 病院のレベルによって胸腔ドレーンとドレナージシステム・気管チューブを用意

 カ ロジ関係物品

(ア) 食糧
(イ) 燃料
(ウ) 寝具

 キ その他の物品

 次の実行動面に備えるとともに、不測の事態における工夫についても想定しておく

(ア) 服装(ユニフォーム)
(イ) 移動
(ウ) 夜間診療
(エ) 記録
(オ) 報告
(カ) 情報ツール
(キ) 連絡ツール
(ク) 保守
(ケ) 野営

(4) 災害医療チームが実施する支援(type-B JDMAT)

 第2 は、遠隔地から出動する専門チームで、地理的に前者に比して到着はやや遅れるが、平時に災害医療チームとして訓練された組織的支援である。

 これは急性期災害医療集団が行う支援で、とくに救命医療に最大の焦点を当てた新しいタイプの組織である。この中身は未確定ではあるが、今後急性期災害医療の鍵となる集団であるから紹介しておく。

 歴史的には救助チームを支援する目的で発案された、Search, Rescueand Medical support, SRM と、1984 年米国で策定されたNational Disaster Medical System, NDMS が組織したDisaster Management Assistance Team, DMAT を日本的に編集した東京都の試みである「東京DMAT 」を全国展開することとなり、平成17 年度から整備が始まった「JDMAT」(日本版DMAT、災害派遣医療チーム)である。都市圏の災害拠点病院で組織つくりが始まり、すでに全国に数十のチームが整備され(計画では200 チーム以上)、訓練も始められた。先述のような能力を保有し、機動性をもち、急性期における災害医療の核となる。しかし現地到達時間の短縮がひとつの課題で、ロジを含めて消防緊急援助隊のヘリ出動に依存するなどの方式が議論されている。新潟中越地震では東京DMAT とJDMAT 参入を表明したチームが支援を実行した。これを含めた訓練された災害医療チームをtype-B とする。

 ア 支援の目的

 2項「急性支援の目的」の全項目を満足する能力を要求している。しかしマンパワー・薬剤・資器材の供給などの量的側面ではなく、展開にも関わる質的側面にウエイトを置くもので、最終的にはPreventable Deaths の減少を期待している。またJDMAT はNBC 災害に対応するNBCresponse-DMAT や、広域搬送に対応するMed-evac DMAT も計画されている。JDMAT には、専門知識と技術を習得させるための研修体制と登録制度がある。いわば災害医療専門組織で、近い将来には急性期支援の中心的役割を果たす。

 イ 人員構成

(ア) 総括指揮者
(イ) ロジ担当者
(ウ) 医師1・看護師2を1 単位として単位数を決める

 ウ 携行医療資器材

(3) イ を参照。しかしトリアージの結果「黒タッグ」には型どおり蘇生は実施しないので、本来蘇生関連用具は不要である。( 3) イでリストに掲げた蘇生用具は胸部重度外傷例などの心停止の危険があるケースに対する使用を想定したもので、心停止予防のためである。

 エ 携行薬剤

 3.(3) ウ を参照する。クラッシュ症候群など「赤タッグ」をイメージすればよい。重度外傷についての用意に力点を置く。
 携行量は10 名前後の重症・中等症に対応できる量とする(JDMAT) 。

 オ ロジ関係とその他

 3.(3) エオを参照する。但し、兵站路が距離・時間ともに長くなることと、土地不案内を考慮する。消防組織による車両の提供などの援助がある。

(5) 自己完結型支援が大原則

 「自己完結型」とは、医療資機材・ロジスティックス・連絡手段・情報獲得手段・宿泊・食料・その他一切の必要な物品と作業について現地に依存しないことをいう。
 災害現場において不足が生じた場合の解決策は臨機応変というほかなく、ロジ担当者の知恵に頼ることになる。その要点は、 ア 不足が生じない準備 イ 使用計画と時間配分 ウ 不足事態の事前察知と事前調達 エ 不足が生ずる可能性に関する情報収集 オ 調達に関する情報の収集

(6) 自己防衛・安全管理

 支援チームは下記の項目を参照し、自身の安全管理に努める。統括指揮者の全体を見る姿勢が肝要である。

  ア 二次災害の防止(余震・交通事故)
  イ 健康管理(粉塵・感染・疲労)
  ウ 精神管理( 救援者のPTSD)
  エ 情報管理(津波・山崩れ・パニック)
  オ 資材管理

6 急性期医療展開の全体構図

 急性期医療展開の方程式についての議論は少ない。それはケースバイケースという曖昧さで語られるためで、結果的に反省の繰り返しだった。しかしPreventable Deaths の概念が確立するとともに、その目標に近づくための構図と行動の図式が議論されるようになった。

(1) 全体構図の考え方

 ア 急性期(急性期に限定)において円滑かつ反射的に作動すること
 イ トリアージの結果に従った負傷者対処の導線が明記されること
 ウ 被災地内では鍵となる救命治療を実施しないこと
 エ 「赤タッグ」は生命維持処置を実施して非被災地へ可及的速やかに転送すること
 オ そのための輸送手段を整備すること

(2) 行動図式の条件

 ア 被災情報だけで立ち上がること
 イ 通信途絶下でも遅滞なく行動すること
 ウ 地域指揮系統が立ち上がるまでに行動が開始されること

(3) 大阪府医師会編「災害時における行動基準 2000 年度版」

 そこで大阪で阪神・淡路大震災での経験を土台に提案され、1996 年に発生した堺市学童6000 人が被災したO-157 集団感染で試行されて好結果を得た「大阪府医師会編災害時における行動基準2000 年度版」を参考に供する。
 これは上記の条件を満足し、大阪府下全関連組織が承認した厳しく守ることになっている約束事である。その骨子は、
 (ア) 災害医療機関の階層化と地域化
 (イ) 被災ブロックを非被災ブロックが確実に支援すること
 (ウ) 近畿6 府県にも効果が及ぶこと{近畿はひとつ}
などである。

ア 災害医療組織の区域化と階層化

 府下を12 ブロックに分け、どのブロックも災害医療に参加する医療施設を3 段階に階層化しておく。災害が発生すると、トリアージされた患者を色別に各階層に振り分ける。この階層化はどの都府県にもある基本構造である。

 (ア) 災害医療協力病院(1 次):民間病院が主力となる
 (イ) 市町村災害医療センター(2次):市民病院などの公的または準公的病院が主力
 (ウ) 災害拠点病院(3次):救命救急センターが主力
 (エ) 災害基幹病院(指令施設):災害拠点病院の中から選択された病院で、それが被災した場合は次の災害拠点病院がその役割を担う

 これは救急医療体制の階層化を準用する考え方で、理解しやすく、協力も得やすく、実際的である。重要なことは各階層が果たす役割と、階層に従った患者の流れをつくることである。この階層を保障するために、災害拠点病院の脆弱性が調査され補強が実施された。ライフラインについては、自家発電・蓄水、薬剤備蓄について規定されている。

イ 展開図式

 これらが発災直後から作動するために、またシステムダウンした被災地内で重要な治療を実施しようとしたためにPreventable Deaths を生む悲劇を回避するために、下記ごとき図式を定めている。

 (ア) どのブロックに重大な被災が発生したかが判明した時点でこの構図が発動する
 (イ) 被災ブロックを他の非被災ブロックが支援するという全体構図を設定する。
 (ウ) 被災地内災害医療機関も「緑タッグ」は収容せず帰宅させる。
 (エ) 「黄タッグ」はすべて2 次災害医療機関へ転送して一次収容し、余裕を見て第二次トリアージを実施する。受け入れの拒否は許されず、一切の連絡通信はこれを割愛する。転送にはブロック内搬送機能を動員する。
 (オ) 「赤タッグ」は最も注目すべき対象で、そのすべてを災害拠点病院へ転送する。受け入れの拒否は許されず、一切の連絡通信はこれを割愛する。転送にはブロック内搬送機能を動員する。
 (カ) 災害拠点病院に収容された「赤タッグ」に対しては、生命維持処置を実施するが、最終的治療(手術・透析などをさし、大量輸血も含む)は実施せず、可及的速やかな非被災地災害拠点病院への転送を準備する。重症度によって転送順位を決め、搬送手段の到着に備える。転送先は災害基幹病院の指揮者が非被災地災害拠点病院の状況を調査してそれぞれについて決定し搬送隊に指示する。搬送機能(ヘリを含む)はすべて被災地外から投入され、被災地内搬送機能の機動範囲は地域内に限定する。外部搬送機能は被災地災害拠点病院を到達定点とするので行き先を指定する必要はなく、転送についての連絡と通信も割愛する。
 (キ) 非被災地災害拠点病院では、転送された「赤タッグ」の最終治療を実施する。必要に応じて転送された負傷者を非被災地内で再配分して収容する。 O-157 災害でこの図式を最初に実施し妥当性を分析した。HUS を全例大阪へ転送して救命治療を実施した結果、感染者6000 名中の死亡を3 名(0.05 %、米国では1%)に抑えた。

 次に展開の図式を示す。 

ウ 支援チームはどこへ駆けつけるか

 どこかで大規模災害発生のニュースが流れると、非被災地の災害拠点病院を中心とする災害医療組織群は早速情報を交換する。被災地と被災状況がほぼ判明すれば、救援の要否を判断し、準備に入る。阪神・淡路大震災以降、この反応は各地、とくに災害拠点病院組織の強力な都市圏では通例化した。平行して、被災地と被災地に近接する地区の災害医療組織群は、被害が集中する区域が判明した時点で、次のごとき急性期救援の構図を設定する。

 すなわち、自然災害・人為災害を問わず次の4通りの救援を想定する。

 (ア) 被災地に近接する医療組織から被災地への医療チーム(type-A) の早期派遣
 (イ) 被災地に近接する災害拠点病院での被災地から搬送される重傷者(赤タッグ)の受け入れとそれに対する救命治療の実施、
 (ウ) 遠隔地から被災地へ入るJDMAT その他の専門災害医療チーム(type-B) 、
 (エ) 個人的医療ボランティアの支援(急性期では事実上受け入れは難しい)

 いずれについても、最初の窓口となる被災地の県災害対策本部、現地被災地市町村災害対策本部へ向かうのが慣例である。そこで具体的な支援が指示される場合はそれに従う。しかし実際には情報が集約できない段階であるから、指揮機能も停滞し、アクセス状況も不詳である。そのために具体的な指示が出せない状況にある可能性があり、支援者側に戸惑いが生ずる場合がある。

 そのときに座して指示を待つのは大切な時間と生命を失うことになるので、いかなる状況下においても立ち上がっているはずである災害拠点病院へ駆けつけて指示を仰ぐ。これは一見身勝手な行動と思われがちだが、必ず重症の負傷者が集まっていること、医療機能も最低限度は確保されているはずであること、Preventable Deaths を少なくするために行動できること、多くの情報が集まっている可能性が高いこと、などから、ベストとは限らないものの、支援効果を生む可能性が高い選択である。いうまでもなく、空振りは覚悟の上である。

7 特に重要な災害急性期医療行動

(1) トリアージ

 トリアージは、現地指揮者の具体的指示の有無に関わらず災害時に実施する医療行動である。Triage は元来ワインやコーヒーの分別を意味し、救急医療と災害医療で使われるようになった。本邦では「振り分け」と訳す場合もあるが、すでに「トリアージ」と医学用語化した。

 災害医療では次々やってくる負傷者群にトリアージを実施し、カテゴリー化することが最初の作業である。加えて、トリアージの結果に基づいてすべての負傷者の流れを設定する。すなわち、現代災害医療は急性期展開の医療着手段階から負傷者の最終到着点に至るまでトリアージの結果が追いかける、という構図を基本とする世界共通の考え方が固定している。

  ア トリアージの定義

 トリアージとは、「各種の災害によって多数の負傷者が発生し、医療ニーズと医療資源との不均衡が生じた場面で、一人でも多くの負傷者を救命することを目的に、すべての負傷者について、重症度と治療の優先順位を決める作業」である(太田)。

 イ トリアージの手法とSTART 方式

 トリアージは重要な作業ではあるが、決して難しいものではない。詳細な判定を求めるのではなく、緊急度と重症度を併せて4 つのカテゴリーに分類する。その方式は各施設あるいは各自の判断に委ねているが、判定が大きく分かれることは少ない。
 米国で医療者の教育に供されている”Simple Triage and Rapid Treatment, START”と呼ぶ方式は、バイタルサインだけで判定してゆく方式なので、バイタルサインが読める医療者のすべて(救急救命士に至るまで)がこの方式によってトリアージができる。

 ウ トリアージの実施

(ア) トリアージポスト設置:設置場所は病院玄関の外 (イ) トリアージオフィサー配置:救急医、麻酔科医、外科医、救急看護師の順 (ウ) 負傷者をトリアージ:型どおり (エ) トリアージの結果を家族に説明:明確に (オ) トリアージタッグ記入:負傷部位図示、診断、実施処置、留意点 (カ) トリアージタッグ色決定:判定色まで切離 (キ) トリアージタッグ装着:左手、右手、左足、右足の順 (ク) 色別誘導:緑→帰宅、黄→イエローゾーン、赤→処置室、黒→霊安室

 エ トリアージタッグ

 上覧の施設名 トリアージタッグの上覧には、使用する者の施設名が印刷されていなければならない 実施する外部支援者がどこかの配備された施設内でトリアージ作業を行う場合は、その施設のタッグを用いる。しかし当該施設固有のタッグがない場合は、持参したタッグの上覧にその施設名を記入して使用する。特定の施設以外の場所で実施した場合は、実施者の施設名を記したタッグを使用する。オ トリアージタッグの記入と保管 記入方法は自由だが、負傷者名、年齢、負傷場所などを聞き取り、医療については、要点、問題点、診断などを記入する。身体図には負傷部位をチェックしておく。
 感圧式3 枚綴りで、それぞれを下記に保管する。
 (ア) 1 枚目はトリアージ施設または実施者が保管する
 (イ) 2 枚目は搬送機関の手を経て被災市町村が保管する
 (ウ) 3 枚目は負傷者自身と一緒に移動する

 カ 何故トリアージが大切なのか

次のような利点がある。
 (ア) 負傷者をグループ化し効率的な流れを作る
 (イ) 重症度について共通認識をもつことができる
 (ウ) 負傷情報の伝達と記録に利用できる
 (エ) 以降におけるすべての過程を設定できる
 (オ) 最終的に、できるだけ多数を救命できる

 キ トリアージの要点

 (ア) 騒がしい人より静かに横たわる人を優先
 (イ) 派手な外傷より隠れた重度損傷の発見を
 (ウ) すべての損傷の確認は不要
 (エ) 一人当たり30秒を念頭に
 (オ) 「死亡」確認に時間をかけない
 (カ) 余裕が生まれ次第第二次トリアージを何度も繰り返す

 ク 第二次トリアージ

 一旦施設内yellow zone に収容した「黄タッグ」に対して、余裕が生まれた時点、あるいは人員に余裕が生じた場面で、第二次トリアージを実施する。その目的は次のとおりである。
 (ア) 個別的な病状変化の有無を調べる
 (イ) 第一次トリアージの誤りを発見し修正する
 (ウ) 同カテゴリー負傷者について治療順序を決める
 (エ) 損傷を専門的に評価する (オ) 最終的に、死亡者を少なくする

 外傷医が実施するのがよい。「黄タッグ」群に隠れた「赤タッグ」を見つけることが最大の目的である。

(2) トリアージの結果に従った対応

 ア 負傷者の対応は、世界的に色別対応が基準で、次のごとく対応する。

 イ 緑タッグ(Minor injury): 病院内へ入れず、簡便な傷の手当だけを実施し、帰宅してもらう。変化があれば再来を指示しておく。

 ウ 黄タッグ(Delayed intervention): 簡便な処置を実施して、あらかじめ想定しておいた場所(全体を見通せるリハビリテーション室などがよい。Yellow zone と呼ぶ)に待機してもらう。余裕が生まれたときに第2 次トリアージを繰り返し行う。

 エ 赤タッグ(immediate intervention): 救急処置室へ収容し、救命処置を実施する。ここでいう救命処置は、気道確保、補液、止血、胸腔ドレナージ、その他の処置室内で実施できる処置をさし、手術室内で実施する手術、透析などの最終的治療をいうものではない。当該病院が普段にどれほど高い能力を保持していても、病院機能が低下した状況下で手術・透析などの重要な治療を満足に実施することは事実上不可能であることを認識し、そのために必要なエネルギーを、満足な治療が実施できる非被災地災害拠点病院への転送努力に転換する勇気を求める。

 オ 黒タッグ(no indication of CPR): 心停止例は心拍動停止を即断し、心肺蘇生を実施せず死亡を宣言する。多数が来院する災害の場面では、到底蘇生不可能な対象には蘇生を実施しないことが許される。遺体安置所を設置する。

(3) 外科的処置

 災害時における外科的処置についてはいくつかのルールがある。それは、処置に時間がかけられないこと、不安定な医療状況下で実施しなければならないこと、詳細な検査情報が得られないこと、創のほとんどが汚染されていること、創感染の機会が極端に多いこと(なかでも破傷風が重要)、継続観察ができないこと、医療材料が不足していること、などの悪条件が重なっているからである。そのために、下記のルールを守る。

 ア 止血を優先する
 イ 創は可能な範囲で洗浄し消毒するウ すべての汚染創は縫合してはならない
 エ 他の場所で縫合された創を見たときはこれを開放する
 オ 外科処置は短時間内に終了する範囲にとどめ、完全な処置を求めない
 カ 杙創は手をつけず搬送する キ 骨折は一時的簡易固定にとどめて搬送する
 ク 重度のコンパートメントは減圧処置をおこない搬送する

8 記録

 いかなる記録も災害医療の進歩にとって貴重ではあるが、完璧な記録は状況から見ても不可能であるから、優先順位を付ける。また守らねばならないマナーやルールがある。

(1) 行動記録

 ア 時間経過:発災、支援決定、出動から撤収に至るまで、時間と行動の関係が重要
 イ 診療録:トリアージタッグを持ち帰れない場合を含め、時間ごとの傷病と患者数
 ウ 遺体検案・死亡診断書:コピーを保管
 エ 被災地・他チームと接点:支援の経緯と折衝に関連する事項

(2) 映像

 ア 被災状況:物理的被害、被災者、支援事項などの医療活動に関連した常識的範囲
 イ 負傷者:医学的に貴重なものに限定し、ご本人の理解と承諾が不可欠

 

9 撤収

 災害支援の現地からの撤収の決定は存外難しいものである。それは、被災者と被災地に降りかかった難儀を目の前にしていることなどによるが、常に勇気を持って決定しなければならない。次のような事項を念頭に決定し撤収する。

(1) 指揮者は現地到着時点で撤収時期を思考する

(2) ニーズが量的、質的に変化する時期をつかむ(36〜48時間、遅くとも72時間)

(3) 急性期型支援が有効でなくなったときが撤収開始時期(外科型から内科型へ変化)

(4) 現地指揮者がそれを認識したときに申し出る

(5) 亜急性期支援者が到着したときに申し送る

(6) 疲労を支援隊員全員が感じ始めたことを察知したときに撤収を話す

(7) 使い切れなかった資器材の中で現地が必要としたものをリストして残す

(8) 支援親組織に撤収の時期の到来を連絡し許可を得て撤収を開始する

(9) 撤収過程での気の緩みの危険性を認識する

 

 10 報告書

 報告者は支援の価値を最終的に決める。定まった形式はないが、下記のごとき内容が網羅されていることが望ましい。

(1) すべての経過が読み取れること

(2) 災害医療にとって鍵となる事項(Triage、Preventable Deaths その他)について解説があること

(3) 現代災害医学の視点を基礎にしていること

(4) 医学的に参照する価値が認められること

(5) 支援者の理念が読み取れること

 

11 急性期支援医療者の心得

 次の心得が急性期支援者の常識とされている。

(1) 自信を持って技能と知識を提供する

(2) 専門者の立場を被災地に押し付けない

(3) 調査を優先した行動を慎む

(4) 被災地に対して何事も要求しない

(5) 被災地と被災者の心情を念頭した言動に終始する

(6) 被災地に感謝を期待してはならない

(7) 修羅場が勝負であることを知った行動に徹する

(8) 自身の身の安全と精神面の安定をおろそかにしない

(9) 隊員間の絆を大切にする

(10) 一歩もはみ出さない良識に基づいた行動に終始する

 

 まとめ

 新潟県中越地震急性期災害医療の調査結果のほかに、阪神・淡路大震災以降に発生した地震災害における実績、国際緊急援助活動での実績、近年整備された災害医療システムなどを照合し、地震災害急性期における医療支援のあり方と新しい医療展開について記した。

 現代日本における災害医療の研究は、World Association for Disaster and Emergency Medicine, WADEM 、Asian-Pacific Conference on Disaster Medicine, APCDM 、日本集団災害医学会、Japanese Association for Disaster Medicine, JADM 、の3 つのレベルでおこなわれており、国際論議が活発な領域である。

 近年の話題はPrevention 災害防止と、Mitigation 一人でも多くを救うこと、の戦略に収斂しており、後者については急性期における医療展開とその評価に関するGlobal standard の策定に精力が注入されている。その検討対象として地震災害が注目され、本邦での経験が重視される。この動静は日本集団災害医学会会員が表舞台に登場する機会を拡大した。

 本マニュアルはその会員間でまとめられた骨子を実際的に整理したものであり、すでにいくつかの災害で試みられているので、信頼度は高い。広く参照されることを期待するものである。


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